街を歩こう。山を歩こう。嵯峨野を歩こう。旅を歩こう。維新を歩こう。映画を歩こう。

月に一・二度はフェアウェイも歩こう。お気楽な日々を、お気楽に記録していこう。

お気楽さんぽ

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2009年3月30日月曜日

ティー(Ti)リーフのこと


ハワイの植物は葉一つとっても、でっかいのが多い。ポリネシア系の人のように大きい。そして葉の色が濃く、瑞々しい。それだけに、原色の花の色が浮かび上がって見えるような気がする。そんなハワイの植物のなかで、このティーリーフという植物は、とても日本的だ。大きくなっても2mほど、バレンのような細長い葉をしている。魔よけのお守りになるという木らしい。家の庭やヘイアウ(寺院跡)の敷地に植えられたりしている。ハワイ語で、Ti(ティー)やKiといい、首にかけるLa'i(レイ)は、Lau Ki = 「Kiの葉」というのがもともとの意味だそうだ。Tiの葉を結んで作ったレイは、花で作ったレイとは趣の違う、シンプルだけど力を感じる美しさがある。

この写真のティーリーフはがんがんに日の当たる場所で育っているせいか、黄色くなっていたが、日陰にあるものはもっと濃い緑で瑞々しい生気を発している。花も咲くそうだ。赤い葉っぱのTiもあり、お守り力はこの赤いほうが強いらしい。神に捧げる神聖な植物ということでは、日本の「榊(さかき)」に似ている。フラのスカート(って言うの?)に、このTi の葉を使ったりする。観光用のフラではなく、本格的なフラのシーンなどでよく見かける。「ラウラウ」など、この葉に包んで蒸す料理もおなじみ。食べ物を保存するときなどにも、殺菌作用があるのでこの葉で包んでいたようだ。また、煮出せばリラクゼーション効果のある飲み物にもなるとか。

で、そんなハワイのお話がいっぱい詰まった木なら、家でも育ててみたい。と思っていたら、ありました。普通、植物などは日本国内に持ち込めないのだが、検疫済みのお土産としてホノルルの空港で売っていた。10cmほどの長さに切られた木が2つ、ビニールの袋に入っている。コレを水につけ、根が出てきたら土に植えればいいとか。先日、木についてるワックスを剥がして、水につけました。さて、うまく根が出て、発芽するか?この夏に向けての、お楽しみです。また報告します。

2009年3月28日土曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #6 映画人の鳴滝村  ●●●


大映、東映、松竹や独立プロが林立していた映画の都、太秦。その北に位置する「鳴滝」に、多くの映画人が住んでいた。70年代のコマーシャルの世界に原宿セントラルアパートがあったように、漫画家たちにときわ荘があったように、戦前戦中の時代劇映画の中心に、若い映画人が集う梁山泊のような場所があった。ウィキペディアによると<脚本家の八尋不二、三村伸太郎、藤井滋司、監督の滝沢英輔、稲垣浩、山中貞雄、鈴木桃作、助監督の萩原遼の8人が「鳴滝組」を結成した>とある。そして、「梶原金八」というペンネームで数多くの映画の脚本を共同執筆していた。
嵐電「鳴滝駅」周辺から、音戸山辺りに多く住んでいたようだ。音戸山といっても地図では一条通りの北にあるが、地元ではもっと手前の丘を音戸山と呼んでいる。この写真の道をまっすぐ行くと山田五十鈴や稲垣浩、杉狂児の家が。左の道を音戸山の方へ行けば、市川雷蔵の家や山中貞夫の家が、そして山の上には鳴滝組が集まっていた家があったらしい。手前の駅近くには、八尋不二らが住んでいた。もう古い話なので、そのまま家が残っているとしても数少ないだろう。
この踏み切りの右手、電車に乗って次の「福王子」の方へ行けば、ちょっと有名な桜のトンネルがある。夜桜のシーズンには車内の照明を消して、徐行してくれる。

2009年3月22日日曜日

開幕戦、久しぶりのラウンドへ


正月休みにラウンドして以来、今年2回目のゴルフへ行ってきました。今シーズンの開幕戦です。今回は3連休ということで、みんなのスケジュールがあわず、1組4人のみのラウンドに。最初に言っときますが、スコアは、教えません。これからも98を切ったときだけ、報告させていただきます。でも、まぁ、2カ月ぶりなのに、いつものまぁまぁでした。午前中は少し肌寒かったものの、午後からは気温もぐんぐん上昇。最高のゴルフ日和となりました。

私たちの会社のゴルフ仲間のホームコースは、みんなの便利がいいということで(実は社長の家から近い)「Mゴルフ倶楽部」です。奈良と京都の県境にあります。会社のお得意様のメンバーもいて、もう十年くらい前からここでプレイしています。会員権も、メンバーを増やしていく新しいシステムでとても安く手に入れました。コースのこと、キャディさんのこと、上を見ればキリがありませんが、誰かがゴルフしたい時に声をかければ、1~2組はすぐ集まるというだけでOKです。まだまだ先の話ですが、定年にでもなれば、みんなの集まるサロンになっているかもしれません。そうなれば、本物の倶楽部ライフの始まりです。なかなか厳しい時代ですが、今の仲間たちとこうしたお楽しみが長く続きますように。

ゴルフはやっぱり、みんなでわいわいするほうが楽しいので、次は2組3組でお願いします(コンペの話はどうなったんでしょう)。今年の目標は○○○○○、精進あるのみ。遼くんを見習ってガンバリたいと思います。今年も楽しく遊んでやってくださいませ。

2009年3月20日金曜日

自転車にのって〜♪ 


暖かくなってくると、休みの日の午前中は自転車でお出かけ。高田渡の「自転車にのって」のように、自転車でちょいとそこまで歩きたくなります。京都がいいのはどこにいても、自然豊かな田園風景が、自転車なら30分ほどで行けるところ。この写真は、嵯峨野のトロッコ列車の駅の近く。200色の色鉛筆セットのような色があちこちに。季節を楽しめるのんびりした景色に、いろいろ出会えます。

桂川など川沿いのサイクリングロードを走っていると、帰りの登りがシンドイのはわかっていながらどこまでも走っていきたくなります。野球やサッカーの試合で河川敷のグラウンドは子どもたちでいっぱい。河原では大学生たちのパーティがバーベキューの準備をしています。あ〜ぁ春が来た、という感じ。生き生きした若さがあちこちに漲っていて、散歩するお年寄りたちもパワーをいただいているようです。
昔、自転車の広告で、「春は28km/日でやってくる」というのを企画しました。日本列島を駆け上がる春前線の速度は、1日ゆっくりとサイクリングに出かけるスピードと同じくらいなのです。顔にあたる風も、速度に合わせて、ほどよく冷たく暖かく。春と自転車はとても仲がいいようです。ところが今年は、春のスピードがもう少し速いみたいで、京都は昨日(19日)開花宣言。1週間ほどで満開になるとか。お花見の計画も急いだほうがよさそうです。

自転車でお出かけの帰りは、商店街を抜け、ちょっとしたお土産を一つ買います。「やきもち」や「桜餅」、「手作りのちくわ」や「肉屋のコロッケ」などなど。コロッケなどは、揚げたてを食べるのをグッと我慢して、帰ってからパンに挟んでサンドイッチにして食べます。たまには昼からビールもいいかも。

2009年3月15日日曜日

維新探検隊、京阪・橋本台場跡へ


「わてらは、維新探検隊」。昨日は久しぶりの維新探検隊の日だ。このblogをはじめてからは、初めての探索の日なので軽く自己紹介しておこう。
ある会社、ある仕事を通して知りあった人たちが、維新の足跡をたずねて京都を歩こうという企画を始めた。はじめは数人でスタートしたが、その後ワタシのように何人かが参加し、もう十数年続いている。その仕事が終わっても、会社を辞めても、気の合う仲間たちでワイワイガヤガヤと維新の面影を探して歩き、夕方からは飲み会に突入するという七人の志士たちの集いだ。定年リタイア組3人、現役4人。みんな、年に2〜4回の探索をこれからもずっと続けていく使命に燃えている。

ということで、昨日は京阪電車の「橋本駅」集合。前の夜からの土砂降りの雨も、ようやくあがりそう。昨年新聞で話題になった「楠葉砲台(台場)跡」へ、南へ500mほど歩く。東京の「お台場」等と同じく、外国船を打ち払うための砲台台場跡で、対岸の島本側と対にあったという。討幕派への関所機能もあり、勝海舟が設計したものらしい。想像力を働かすと、田んぼの中に、五稜郭の一部をミニ化したような堀のカタチが見えてくる。河川台場は全国でもここにしかない。
その後は、駅の方に戻り、旧橋本遊廓の町並みを歩く。そして淀に戻り、「愛宕茶屋」や「千両松」など鳥羽伏見の戦いの跡を見て歩く。約1万6000歩ほどの探索であった。

打ち上げはいつもの、伏見「鳥せい本店」へ。夕方から、皆さんに申し訳ないほど呑んで食べました。この探検隊、実は、京都市内の維新の名所はほとんど行ってしまった。大阪のポイントも幾つか廻ったし、神戸にも行った。あとは交通の便の悪い京都郊外や、今回のように1箇所でも見るべきものがあれば探索に向かうということになるのだろう。萩にも行ったし、長崎、高知にも行った。次のお泊まり探索へ、あっちはどうか、こっちはどうかと頭を悩ませることも、これからのお楽しみだ。

2009年3月12日木曜日

今25¢で喜ばれる、アメリカ土産


ハワイ旅行中、お釣りでたまっていく硬貨を眺めていたら、クォーター(25¢硬貨)の裏にいろいろな州の絵が描かれているのに気がついた。手持ちの分だけでも使わないで持ち帰った。あとでポッドキャストを聴いていたら、アメリカの州の絵が描かれた25¢硬貨が、州になった順番で発行されているという。そして、昨年の11月に50個目(50番目の州)となるハワイの硬貨が発行されたらしい。私たちがハワイへ行ったのは10月だったからまだ発行されていなかったが。

この情報を知っていたら、もっと気をつけて見ていただろうに。なんでも、この硬貨をコレクションするための本もいろいろ売り出されていて、向こうの子どもたちはせっせと集めているらしい。各州を代表する絵柄をどうするか、日本ではかなりゴタゴタするだろうけど、どうなのだろう。
子どものころ、切手が印刷されたコレクションブックに、記念切手を買ってはセロハンにつつんで台紙にヒンジで貼っていたことを思いだした。

ところでハワイは、今年(2009年)アメリカ合衆国の50番目の州となって、50年目を迎えるらしい。この1年、いろいろな記念イベントが展開されるという。そして25¢硬貨の方は、今年はグアムなど準州の絵柄のものが順次発行されていくそうだ。
誰か今年ハワイへ行く人(アメリカへいく人でもいいけれど、ハワイの絵柄はハワイに多そう)、お土産にハワイの25¢硬貨持って帰ってきてチョーダイ。

2009年3月8日日曜日

てくてく川下り15km


昨日は歩きました。「お気楽」ではなく、足の裏に豆ができそうなくらい歩きました。家から伏見まで、てくてく、多分15km以上あるかと思います。こういうときに限って、万歩計を忘れてしまう。何歩いったかな?ハーフマラソン走っている人に比べたら、屁のような距離でしょうが、冬ということもあり、最近ハイキングしてなかったので結構コタエました。

桂川沿いに下って歩こうとは、前から思っていました。で、家を出て桂川沿いを歩き始めたのが12時40分頃。家から3kmほどの上野橋からスタートです。ここで、大山崎辺りの三川合流地点まで14.4kmの表示。阪急電車のしたをくぐり、ぶらぶら歩いて桂離宮の近くへ。おいしいお蕎麦やさんを見つけてひと休み。「隆兵そば」という店でした。近くの中村軒というお菓子屋さんでおまんじゅうなど買って、ふたたび出発。河川敷にはずっと、野菜を育てている畑がつづきます。これは違法?一部で京都市が撤去に乗り出したというニュースも聞いたような気がします。
JR東海道線や新幹線の下をくぐれば、十条辺りか。天神川がこの辺りで桂川に合流。さらに歩き、名神をくぐってまっすぐに。ここでまっすぐ歩いたのが間違い、行けども行けども東に川を渡る橋がなく、30分後またこの場所に帰ってくる羽目に。鴨川と桂川が平行して流れはじめるポイントでした。ここから横大路まで2km、伏見大手筋商店街まで2km。16時50分着でした。

今日の収穫は、いままでJRや阪急の車窓から見ていた景色を下から見たこと。通勤の時も楽しめそうです。そして風景が、けっこう春になっていること。早咲きの桜が五分咲きくらいになっていました。

2009年3月7日土曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #5 映画村の中の道  ●●●


広隆寺の東を抜け、太秦映画村を突っ切る道。まだこんな地道が残っていたりします。ここは地元の人しか通らない、車も通れない道。道沿いの幼稚園の子どもたちの声と、幼稚園で飼っている鳥たちの鳴き声が聞こえるくらいの静かな道。昔は東映の時代劇のオープンセットのまん中を通っていたけれど、今は映画村のまん中を突っ切る道。映画村の見物人が多いときは人混みに紛れて映画村に入れたりしますが、「ちゃんと見張ってるぞ」「ズルは許さないぞ」とアルバイトの兄ちゃんが座っています。一目で地元の人でないとわかるこの人たちは、「どこに行かれるのですか?」と兄ちゃんに聞かれるな、きっと。
今は電柱が立っているけれど、昔はこんな写真の塀沿いで、お手軽に時代劇を撮影したりしていたのです。道を進んでいくと、右も左も映画村。入れなくても、撮影用の樹脂で出来た仏様や岩石などがごろごろしていて、映画づくりの裏側を覗くことが出来ます。
さらに北へ上がると、JR山陰線の線路と交わります。まだ国鉄だった頃は、小学生たちが踏み切りに置き石をしたりして、学校でこっぴどく怒られていた時代もありました。今はJR嵯峨野線と呼ばれ、線路も高架になってしまいました。

2009年3月3日火曜日

白いハイビスカス


家のハイビスカスはまだまだ咲かないので、ハワイのハイビスカスのお話。ハワイの州花は黄色いハイビスカスですが、これは1988年からで、それまでは赤いハイビスカスが1923年に州花と認定されていたそうです。で、写真の白いハイビスカスは「コキオ・ケオケオ」というハワイ固有のハイビスカスの一つです。ワイメアの滝で有名な、ワイメア・フォールズ・パークという植物園のようなトレッキングコースのゲート近くに咲いていました。ガイドのおばさんが、あの花がハイビスカスの原種だといっておりました。ハイビスカスといっても楚々とした美しさ。人間の手にかかると、どこか派手で、気候の変化にも強い観賞用の品種に交配されますが、原種の花の多くは絶滅の危機に瀕しているものも多いとか。このハイビスカスにも、そうした弱々しい美しさを感じました(でも、いままで生き延びてきたのです)。

サーファーの聖地といわれるノースショアですが、サーフィンをしなくても行ってみたい場所はいろいろ。このワイメア・バレーはゆっくり歩けるお手軽散策コースとしておすすめです。いろんなハワイの花が咲いていますが、とくにハイビスカスが多いそうです。青い大きな孔雀がうろうろする入り口から、つきあたりのワイメアの滝まで片道ぶらぶら40分ほど。水着を持っていけば滝つぼで泳げました。
このワイメア・バレーには、サトウキビ畑で働いていた日本人移民の村もあったらしく、小さな神社などが残っているそうです。

近くにはプウオマフカ・ヘイアウという、大きなパワースポットもあります。昔の戦場の跡で、多くの人の霊を弔う場所(寺院跡)でもあるので、霊に敏感な人は気分が悪くなったりするそうです。全然敏感な人ではないのですが、今回は行きませんでした。そのかわり、もうすこし穏やかなヒーリングツアーというのに参加しました。これはおすすめツアーですが、この話はいずれまた。

2009年3月1日日曜日

梅満開の、天満宮へ


今日は朝から天気がよく、ついこの前の梅花祭(25日の天神さん)の冷たい雨がうそのよう。ぶらぶらと梅でも見に行ってみようと、北野天満宮へと出かけました。北野さんは、正面から入らずに、西の脇道から入っていくのがこの季節のコース。細い町の道を抜け、天神さんへとつづく紙屋川を渡る橋から、天満宮の梅苑や御土居(豊臣秀吉が築いた洛中洛外の境界)の梅林が眺められるのです。ところが、いつもの橋には目隠しのパネルが貼られ、タダでは梅苑は見せられないよと無様な景観。天神さんをお参りする人たちのゴミ等に悩まされるご近所の人たちの、梅の季節の楽しみを奪う浅はかな知恵。御祭神・菅原道真公もさぞかし悲しんでおられることでしょう。

気をとりなおし社殿の方へお参りにいくと。境内の梅は満開。いやいや目を近づけて見ると、はや花は落ち始め香もあまりしていないよう。それでもお参りする人は多く、みなひと足早く春の気分を楽しんでいるご様子。心なしかコートなど一枚脱いで、身軽な装いの方が多いようです。

遅めの昼食を食べようと歩いていたら、上七軒の歌舞練場にコーヒーや軽食を食べさせるサロンが出来ておりました。ちなみにこの場所、夏にはビヤガーデンとなり、浴衣姿の舞妓さんや芸妓さんとお話できることで有名です。で、そのサロンのメニューにはミックスピラフやオムライスなど、おいしそうな写真が貼ってあったのですが、あいにく観光客でいっぱい。またのお楽しみとなりました。
天気予報によると、明日からはまた冬の気候に戻るとか。お風邪など召しませぬように。