街を歩こう。山を歩こう。嵯峨野を歩こう。旅を歩こう。維新を歩こう。映画を歩こう。

月に一・二度はフェアウェイも歩こう。お気楽な日々を、お気楽に記録していこう。

お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2011年12月31日土曜日

今年最後の一杯は「奥の松」で

いつものように、年末のかに道楽忘年会も終わり、大晦日の京都ゴルフも終わり、今年のスケジュール終了しました。このいつものように暮らせる幸せを、思い知らされた2011年が過ぎていこうとしています。あの神戸の震災の時もそう感じていたはずなのに…。
日常の暮らしの中に、「東北」も「2011」も「原発事故」も、しっかりと思い出す装置を作っておかないと、ボクという人間はまたも、すぐに忘れてしまうことでしょう。そうした装置の一つとして、東北のお酒はこれからも呑んでいこうと思います。そうした理由がなくても「奥の松」や「浦霞」はとてもおいしいお酒ですが。

今年も、いつ更新するかわからない、お気楽ブログにおつきあいいただき、コメントいただいた皆さんありがとうございました。
● O'Samさん ● レフティさん ● わんくろさん ● 中村主水さん ● 塩爺さん ● Kitamura_Yさん ● fulagirl さん ● 夏海 漁さん ● クロカワシンヤさん (2011登場順)  来年もおつきあいよろしくお願いいたします。

また、コメントは書かないけど見ているよという皆さん。ありがとうございます。今年途中からブログにカウンターをつけて見ていると1週間に延べ90人くらいの人に見てもらっているようです。この「見てるぞ!」という数字もなかなか励みになります。日記と違って、なぜか不思議とつづくブログ。サボリ気味の日々もあると思いますが、来年もよろしくお願いいたします。
では皆さま、よいお年を。

2011年12月29日木曜日

テキーラを、ジンジャエールで


「この前ブログで書いた「初秋」っていうTV番組の話やけど、中越典子が京都は上七軒のバーでバイトしてるんや」「髪は銀髪のショートカットで、KISSのようなメークアップ、網タイツにタトゥという姿、エロイかっこいいんや」「そいで、役所広司がやってきてテキーラを注文するんや。そん時、ジンジャエールで割ってくれと」  

「エロかっこいい中越バーテンさんは、小さなストレートグラスにテキーラを入れ、ジンジャエールを注ぎ、手のひらでグラスに蓋をして、片手で思い切り大理石のカウンターにグラスを打ちおろしたんや」「そしたらね、シュワーッ!!って、泡がたって、ステアしなくてもいいんや。そのままお客さんの前にサーブするんや」「カッコいいんや。うまそうなんや」「氷も、レモンもなしの、シンプルなジンジャエール割なんやけど」

「でね、家でやってみたんや。テキーラがないのでウオッカで。ジンジャエールを注いで、それらしいストレートグラスで」「でもね、大理石のカウンターがないんや。グラスが割れて手のひら切れそうで、力いっぱい打ちおろせないんや(笑うけどちょっと勇気いるで)」「だから、シュワーッ!!って、泡がたたへんのや」「しょがないから、指でステアしてつくったけど」

「やっぱりテキーラでないとあかんのか。もしかしたらウィルキンソンがだめなのか。探したら、発泡のきついジンジャエールがあるかもしれん」「そういうことをやっているうちに、今年の年末もどんどん過ぎていってしまいそうや」

「あとでカナダドライのジンジャエールでやってみたけど、やっぱり泡でけへんかったわ」

2011年12月19日月曜日

広沢の鯉揚げでもろこを買った

広沢の池は人口の池だ。その昔は大きかった遍照寺の庭池と云われている。紅葉を映して、嵯峨野らしさを楽しませてくれる。
でも、この季節、水はない。毎年暮れに池の水がすべて抜かれ、春への準備をする。この池ざらえは「鯉揚げ」と呼ばれる。文字通り、池の鯉や、えびや、もろこや、鮒を揚げて、ご覧のような値段で販売している。広沢の池の鯉は泥臭くなく、料亭が買いに来るという噂だ。

量が多いので、今まで買ったことはなかったが、今年は「もろこ」を0.5kg買った。1650円也。0.5gといっても小さいザルにいっぱい。結構な量がある。まず、焼いて食べた。次に揚げたやつを南蛮漬けにした。そして最後は、売っているおばさんのおすすめの唐揚げだ。
「塩水で少し洗って、昆布茶をまぶし、片栗粉をつけて揚げれば最高。手間ひまかけずに、それだけでおいしい。生で食べても美味しいくらいだから」という一品。春のもろこに較べると、ひれがちょっと固いみたいだけど。今晩の食卓はもろこづくしだ。

でもやっぱり、焼いて食べるのがいちばん好きだな。
昔は父と、琵琶湖のもろこ釣りに何回か行ったことがある。入れ喰い状態で、いつもいっぱい捕れていたはずなのに。最近では先斗町あたりの居酒屋でたのむと、とてもお高くなってしまった。

いつもと違う表情を見せる広沢の池は、冬の嵯峨野を代表する風景だ。この「鯉揚げ」は12月1日から末日まで行われているらしい。京都にお住まいの方はぜひどうぞ。おばさんに聞くと、もろこなども「まだまだあるよ」、ということだ。

2011年12月11日日曜日

錦秋ハイキングだ

週末が晴れの天気予報はひさびさ。先週の日曜は家の近くへハイキングと決めていた。お弁当を持って、10:30出発。家からブラブラと歩いて行く。仁和寺の裏山に四国八十八ヶ所のミニコースがあり、その道を辿る。写真のようなお堂に、それぞれ四国の寺の名や仏様のお名前、唱える文言が書かれている。ご本尊も四国の各お寺からその昔、寄贈されたものだろう。各県人会の方々がお手入れをされているようだ。

木漏れ日にも色がついたような秋。山々も「錦秋」の表現にふさわしい。朝方までの雨で空気がきれいなのか、遥か遠くまで見渡せる。1時前。ここらで、お弁当とビールに。

八十八ヶ所めぐりを後にして、山道を東へ。この辺りの山は、龍安寺の寺領らしい。道々に標石が立っている。やがて、三叉路に。左へ行けば宇多天皇陵から原谷、右へ行けばきぬかけの小径へ、真っすぐ行けば一条天皇陵・堀川天皇陵という標示。すぐに降りるのも面白くないので、急な山道のまっすぐのコースを行く。
しばらく行くと、天皇の火葬塚というものがあった。こうした天皇の火葬の塚というのは初めて見た気がする。それにしても京都は近くの山をハイキングすると、かならず誰かの御陵に遭遇する。それもけっこう山の上の大変な場所にあったりする。

山道を降りても、いくつかの御陵があった。下から訪れれば入れない所を、上から降りてきたので入れた御陵みたいだ。そしてこの山道の降りた先が、龍安寺。写真のお寺の、後ろの山々を歩いてきたのだ。裏側から表に回れば観光客でいっぱい。「鏡容池」をめぐる並木の紅葉も今年最高の色に染まっていた。
1週間経った今週は、冬の気配濃厚。東京は幻の初雪、京都も初氷。冬は遅れた分取り返そうと、早足でやってきたようだ。

2011年12月1日木曜日

やっと秋らしくなってきた

昨晩は遅くから、一晩中木枯らしが吹いていた。呑みにいった帰り道は、気持ち悪いほど暖かかったのに。
いつも朝、家の周りを掃除するうちの奥さんも、今日ばかりは掃いても掃いてもイチョウの葉が風で吹き飛ばされてくるようで、掃除も諦めたそうだ。家から見える山の紅葉もやっと紅葉らしく真っ赤に染まってきて、ようやく秋らしくなってきたと思ったら、もうすぐ冬かい。

今朝は、通勤時に見える大山崎あたりの山々も、一気に紅葉シーズンに突入したようだ。淀屋橋で地下鉄を降りて、会社へと歩いて行く。市営の自転車置き場の自転車たちが、昨晩の強い風で散ったプラタナスの枯葉に埋もれてしまっている。カラカラと歩道を舞う枯葉たちにとって、吹き溜まりの自転車置き場は気持よさそうだ。

紅葉の木々の後ろに見えているのは、建設中の朝日新聞ビル。下のベージュの部分が新しいフェスティバルホールになる。おなじみのレリーフも取り付けられる予定だ。ビルは来年の秋にオープンとか。四つ橋筋を挟んで向かいにも同じデザインのタワーが建設される予定だったが、その計画は生きているのかな?

そうそう昨晩、ビデオに録っておいた特別ドラマの「初秋」というのを見た。主演は役所広司、脚本・監督は原田眞人。半分は京都が舞台のドラマだったがなかなか良かった。小津の「晩春」へのオマージュらしい。こんど再放送去れたら是非どうぞ。毎日放送だったと思う。

2011年11月19日土曜日

京都の紅葉はまだまだどすえ

先週は嵐山で「紅葉まつり」があった。渡月橋の上流一帯。雅な平安仕様に飾られた船を何艘も浮かべ、雅楽や能、舞などが演じられ奉納される。出かけた時間がまだ早く、祭りはこれからというところだった。「嵐山吉兆」のすこし奥、船着き場あたりは見物の人でいっぱいだ。

川を舞台にした、なかなか趣のあるイベント。秋の嵐山に来たことがない人は、来年の「紅葉まつり」にはぜひどうぞ。歩いていける釈迦堂の嵯峨大念仏の狂言も、この日は船の上で演じられる。
散歩にいい季節。昨年はコンビニでお弁当とビールを買って、見物しながらお昼を食べたが、今年はさっさと次のお散歩コースに向かった。

紅葉まつりといっても、嵐山の紅葉はまだまだ。写真のように薄らと色づきはじめたところ。嵯峨野のお寺の紅葉もまだまだ燃えるような色にはなっていない。1週間たった今も、まだまだ。家の近くの銀杏さえ、まだ緑の葉のものが多い。高雄や大原は知らないが、京都市内の紅葉シーズンはあと2週間という感じだ。

この土日はあいにく雨。金閣寺にいらっしゃったブータン国王夫妻をはじめ秋の京都を楽しみに来られた観光客にはちょっと残念な空模様だ。今日は一日テレビを見て過ごそうか。とりあえず午前中に散髪に行ってすっきりしてきた。

2011年11月3日木曜日

晩秋のプランタは色とりどり


ようやく涼しくなってきたかと思ったら、また真夏日の気温。いかにも風邪でも引いてしまいそうな今日この頃。バンコク水没の大変なニュースが連日報じられる中、NYでは季節外れの大雪とか。宇宙船地球号の人口が70億人を超えた今、ますます低炭素社会の実現が急がれるようです。

そうした、激しい季節の移り変わりにめげず、わが家のプランタはなかなか華やかであります。ハイビスカスやブーゲンビリアはもう夏も終わったのに、健気に小さな花を咲かせています。つい先日まで、柊の木には白い花が咲いていました。見た目には金木犀のような小さな花。オレンジ色ではなく白い花です。花の香りは金木犀のように強くはなく、沈丁花に似ているような気がします。ちなみに、クリスマスでよく目にする柊は「ひいらぎもち」という種類のものだそうです。

そして、今年もオリーブの実がつきま
した。今、いろが濃い紫色へと変わっている途中です。本当はピクルスにでもして、マティーニのグラスに浮かべたいところです。が残念ながら、わが家の前は電車の踏切があり、一旦停止するクルマの排気ガスも多く食べる気にはなりません。実も数えるほどしか採れないので、もっぱら観賞用となってしまいます。

周辺の山々も、うっすらと紅くなり始めてきました。京都はこれから、紅葉に包まれますが、はたして今年の色づき具合はいかがなものでしょう。また新しい紅葉スポットを見つけたらお知らせしたいと思います。

2011年10月23日日曜日

秋祭りがあちこちで


今朝は朝から家の前の道路を、楠木正成公が御所へ向かった。今日は、時代祭。昨日雨だったので今日に順延された。そして、わが常磐野学区からは楠公上洛の行列が時代祭に加わることになった。
こんなことは記憶にない。あの時代祭のお供の人たちがアルバイトであることは知っていたし、外人さんが喜んでたくさんの人が参加するのも微笑ましく思っていたのだが。
主人公たちのメイン行列は、京都市の各学区の持ち回りだったのか?今まで、そんな話を聞かなかったのは、常磐野にも時代祭の話がくるほど学区が大きくなったということか。それとも新しい時代祭システムなのだろうか。

最近は地域のお祭りが活発なようだ。ほんの数年前までは、氏子のお祭りの参加者を募集してもなかなか人が集まらず、町会の役員を中心にむりやり参加させられていたのに。この頃の若者たちは、地域のお祭りやイベントに積極的に参加するみたいだ。祭りはもとより、運動会などのイベントの動員もスムーズに行っているみたい。
古い町と新しい町がいりまじる、京のややこしい町内にも、積極的な若者の住人が増えてきたのはとてもいいことだ。

地元の小さな祭りにも、路地には屋台が出店されていて、「晴れ」の日感覚いっぱい。法被を纏ったちびっ子たちや、中学生のお姉さんお兄さんたちも太鼓をたたいたり、獅子舞を舞ったり大忙し。1時間ほど散歩する間に、あちこちの町内で3つほどの祭りに出会った。

ところで、楠公の行列は、花園まで30分ほど行列。そこから、バスなどで御所へ向かい、時代祭に参集するらしい。秋晴れの、祭り日和だ。

2011年10月16日日曜日

TANTAN が好きなのだ

もうすぐ、今年の年末くらい? に映画が公開されそうなので、その前に言っておこう。「ボク、タンタンが好きです」。今日のブログの内容はただそれだけです。ベルギーのマンガの主人公です。
髪の寝癖の立ち方がいいです。ステンカラーコートを風になびかせて走っている姿が美しいです。少年のくせにジャーナリストというのがいい。

海の中も宇宙へも、エジプトに行くように出かけていくタフさが素敵です。スヌーピーもいいけれど、主役を喰ってしまわない(でしゃばらない)、ホワイト・フォックステリアのスノーウィがかわいいです。いかにもと云う感じの、個性あふれるとんまな悪役の脇役陣が充実しています。極めつけは、赤白ストライプの宇宙ロケットの勇姿にしびれてしまいます。

日頃、あまりキャラクターものを集めたりはしないのですが、赤塚不二夫マンガの「タイホするー!」のピストルぶっ放す「本官さん」は気にいって、腰ふるフラガールと一緒に車に置いています。本官さんはスピード違反しないよう、サイドミラー横に自戒をこめて飾ってます。そして、文具やカレンダーやマグカップなどでお世話になっているのがタンタン・グッズです。一時は、パソコンのデスクトップもタンタンでした。まぁ、子どもっぽいですが、いい歳しても、これくらいならいいでしょう。

きっと、映画のタンタン面白くないだろうなぁ。スピルバーグだからなぁ。ウォーレン・ビィーティが主演・監督した「ディック・トレーシー」くらいぶっ飛んでいたら、面白い映画になるのになぁ。あんな感じで、コミックのタンタンの世界を描いてほしいなぁ。と、思いますが、まだ見ぬ映画ゆえちょっとだけ期待しておきます。

2011年10月9日日曜日

神戸はやっぱり歩いて楽しい街

久しぶりに神戸に散歩に行った。なにが目的という訳でなく、初めての場所をぶらぶらしようということで。JRの「六甲道」で降りて、摩耶ケーブルの方へ。さすが神戸山の手。登っては下りの坂道、古い邸宅街。歩いていると「桜のトンネル」というのがあった。400mほどの坂道の桜並木。住宅街の細い坂道をバスが下っていく。

昔、「べっぴんの町」という映画があった。調べてみると1989年配給となっていた。柴田恭平が私立探偵のハードボイルド映画(ちょっと甘いけど)、神戸の町を舞台にしたセンスのいい映画だった。多分、和久井映見が高校生の役で出ていたが、デビュー作だったと思う。鶴瓶もいい味を出していた。こうした映画はやっぱり、神戸や横浜といった港の街でないと日本では絵にならないみたいだ。そうした映画のシーンによく出て来る、そんな感じがする「桜のトンネル」だった。ちょっと危ないけど、カーチェイスのシーンなど撮ればサンフランシスコも真っ青となるような坂道だ。

そしてぶらぶら行くと「王子動物園」が現れた。しょうがない。行きがかり上、入ってみることにした。動物園って何年ぶりだろう。京都の岡崎動物園の倍は広い。
パンダもいてる。旭山動物園のおかげか、動物ごとに楽しく見られる工夫もいっぱい。とくに山猫とか雪豹とかのスタイルの美しさに目を見張る。遊園地も子供たちでいっぱい。飛行機がぐるぐる回る、ブランコが回る、木馬が回る。ボクたちが小さかった頃の乗り物がいっぱいだ。
昭和の香りがする動物園だ、と思っていたら、明治の「ハンター邸」がここに移築されていた。異人館の中でもひときわ大きい気がする。ミントグリーンの素敵な邸宅。入館料をとらないのもうれしい。

あっという間に日が暮れてきた。海文堂へ行って本を買って、中華街へ行って店の前で売っている中華ちまきやなんかを買って家へ帰ろう。

2011年9月25日日曜日

波乃音酒造「余花朗」へ

この前の休日は、久しぶりに琵琶湖へ行った。湖西にすむ会社の後輩から、「おいしいお酒と鰻をたべさせる店があるので」ということで出かけた。年に一度くらい後輩の家に集って湖を見ながら呑む顔ぶれだが、今年はお店でということになった。

場所は堅田の浮御堂のすぐ近く。「波乃音酒造」という酒蔵が夏の間だけ、鰻を食べながら、そこのお酒をいろいろ楽しめるというコースを提供してくれているのだ。鰻は、鰻丼の小と最後に出汁で食べる鰻のお茶漬け。量的には少しだが、それまでにいろいろお酒を楽しめるので、けっこういい気分になり、お腹はいっぱいに。
お店は琵琶湖に面した古い建物で、名は「余花朗(よかろう)」。ここのおじいさんが高浜虚子のお弟子さんだったということで、その俳号をお店の名にしたとか。虚子もたびたび訪れたそうで、短冊や掛け軸、「ホトトギス」がずらっと揃っていた。

帰り道は、旧家「居初邸」のお庭や堅田漁港、出島灯台などを見ながらぶらりお散歩。やはり琵琶湖はいい。おだやかな湖面がひろがり、さらに大きな晴れ渡った空がどこまでも広がっている。あちらが湖北、あちらが伊吹山か。大きな景色を見て暮らす時間が多いほど、人ってゆったりした心のリズムを育てていけるのだろうと、盆地育ちのワタシは思った。
わが家の最寄りの駅から堅田の駅までJR 570円。クルマでも1時間ほど。最近は琵琶湖の周辺をハイキングすることが多かったが、もう少し浜辺を歩き、港町を訪ねてみる時間をつくるのもよさそうだ。

2011年9月19日月曜日

カタカタと8mmが回る音

うちの父が、映画のカメラ仕事をしていたので、小さい頃からカメラが側にあった。父がいじっていた8mmカメラはARCO(アルコ)というやつで、広角や望遠など3つのレンズをくるくる回して変えるものだった。映す前に、ギリギリとぜんまいを手動で巻き上げる、なかなかの年代物。ずっしりと重たく、かっこ良かったが、小学1〜2年の手には扱いにくかった。それでも、撮影はさせてくれて、ファインダーを覗きながらカメラをパーンするスピードなどを教えてくれた。

当時の8mmフィルムは、撮影するときは16ミリフィルムで片側を撮影したら裏返して撮影。現像にだすと、16ミリフィルムを2つに分けていた。カラーフィルムの場合は緑と赤のツートンのプラスティックケースに入れられて帰ってきた。直径10cmくらいの小さなリールで、約3分間の上映であった。(モノクロは緑と黒のケースだった。富士フィルムが「私にも写せます」のシングルエイトを出して、8mmカセットができたと思う。)

家での上映会となると、小さい子どもたちはそわそわ。電気を消した真っ暗な部屋は、いつもと違う高揚感いっぱいの夜ではあった。何かのはずみでフィルムが引っかかると、投射する電球の熱ですぐにフィルムが焼き切れてしまう。とたんに部屋はイヤな臭いとともに、昼間のようなまぶしい光に満たされてしまうのであった。
そうしたフィルムを切って、器具に挟んでヤスリをかけ、薬品を塗ってフィルムをつなぎ、カタカタと巻き取り編集する作業が父は好きだったみたいだ。たしかに、微かに薬品の匂いがする編集の作業は、没頭できる時間であったに違いない。

この頃は映画館に行っても、よくフィルムが焼き切れていた。みんな没頭して熱中して見入っているものだから、いいシーンでフィルムがじわっと茶色になり、ブツブツ泡が広がるように焼き切れてしまうと、悲鳴ともブーイングとも、あ~あといったあきらめとも思える声がミックスされ、みんなが劇場の最上階の映写室を睨みつけるのであった。さすが、「金返せ」とはだれも言わないが、「だいなしやなぁ」といった空気がいっぱいだった。映写技師の人たちも大変だ。
この頃の映画のフィルムはセルロイドみたいなものだから、熱に弱く、すぐ焼き切れてしまう。撮影所や映画館の火事が多く、昔のフィルムが残っていないのもむべなるかななのだ。

2011年9月14日水曜日

まだまだアツいぜ、夏も友も

しかし暑い日がよくまぁ続くことです。バルコニーの朝顔も、なぜか気が狂ったように咲きまくっています。あまりに暑すぎて、南国のブーゲンビリアやハイビスカスは、夏バテ状態です。日本の夏は過酷なのでしょう。
こう暑いと、お散歩に出かける気もしません。朝早く起きて出かける元気もありません。どこか川辺にバーベキューに行こう!と、いう季節にはやくなりますように。

ところで昨晩は、久しぶりに大学の時のクラブの友達と会いました。4~5年ぶりくらいでしょうか。仲間の一人が定年になるということであちこちの会社にあいさつ回りしているとのこと。京都に来るので、では集合とあいなり5人くらいが集まりました。電話2本くらいでまとまった人数がすぐ集まる団結力、すごいのです。
短い時間でしたが、それぞれの近況報告。次回の遊ぶ計画までしっかり決めて解散しました。
それにしても、完全リタイアした人。嘱託のような感じで勤めを続けている人。子会社に行く人。田舎暮らしを始めた人。故郷に帰った人。いろいろお付き合いしている人の幅が63歳~58歳くらいなのですが、いろいろな第2の人生があちらこちらで始まっているようです。

ぶらぶら歩いた祇園白川界隈。夜はこれから始まるという方も多いようでした。京都は景気いいの?

2011年8月28日日曜日

龍馬の葬送の道を歩く

久しぶりの、維新探検隊。今日は龍馬たちが葬られた道をたどって、霊明神社へ向かう。南座前に集合して東山方面へ。霊山歴史館の南側、竹林にはさまれた石畳の階段を上る。龍馬、中岡慎太郎、藤吉の三人の遺体は、仲間たちに担がれてこのきつい傾斜の階段を、霊明神社まで運ばれたのだ。

今でこそ龍馬たちの墓はお隣の護国神社にあるが、もともとはこの霊明神社で葬儀が行われ、埋葬された。龍馬は即死だったが、翌々日まで意識のあった中岡慎太郎の遺言によるらしい。
後になって、明治新政府の設立した護国神社へ志士たちの墓地を譲り渡したのだ。新政府のごり押しか。今でも両者の関係はよくないらしい。霊山歴史館の説明にも、霊明神社の名は一切出てこない。護国神社では龍馬たち志士のお墓参りに、金300円を徴収していた。

さて、今日のお目当ては年に一度の夏の宴会。『鳥初鴨川』の川床で、鳥鍋をいただく予定。それまで、祇園の石塀小路やお茶屋の路地、宮川町をぶらぶら歩く。あまりに暑いので、団栗(どんぐり)湯でひと風呂。銭湯代と貸しタオルで440円。火照ったからだに川風が気持ちいい。
『鳥初鴨川』の鳥鍋は、鶏ガラをじっくり煮込んだ白い出汁が名物。創業90年になるお店だ。鳥、とくに鳥鍋が苦手な僕も、おいしくいただけた。鍋を食べる前の、このスープがすごくうまい。ここの鳥鍋なら食べられる、また食べにきたいと思わせる。空模様が怪しかったので、川床ではなく座敷にての宴会であったが、満足満足。

2011年8月20日土曜日

サボテンの花が咲いていた

送信者 実験アルバム
この前、大文字の送り火の日に嫁さんの実家に帰った。すると珍しい花が咲いていた。サボテンの花だ。こんな小さなサボテンから、こんな大きな花が咲くんだ。
このサボテンがいくつかあって、一つのサボテンに一つの花が、それも一日だけ咲くらしい。

もうずいぶん前に友だちの新築祝いに贈ったサボテンはもっと大きく丸いサボテンで、先端に小さな花がいくつも咲いていた。花をつけるいろんなサボテンがあるんだな。
やっぱり夏に咲く花が多いということだろうか。これからちょっと勉強してみよう。

そういえば昔、ハナキリンっていう名前だったか?トゲトゲの木に小さい赤い花をつける木が大きく育ったことがあった。あれもサボテンのなかまなのだろうか。どうもぼくは、ブーゲンビリアといい、棘のある木に咲く南の植物が好きみたいだ。

嫁さんはキッチンの窓辺で、小さな小さなサボテンをいっぱい育てているが、あれはどうするつもりだろう。どこまで大きくなるのだろう。

2011年8月17日水曜日

ピカサ、うまくいかんわ

ピカサから写真を貼付けても、しばらくすると消えてしまう。どうもうまくいきましぇん。この写真が、消えてしまうのです。もうすこし勉強してみます。あしからず。


2011年8月13日土曜日

iPadはブログが苦手みたいだ

 
ついに、iPad2を買いました。わが家のiMacは奥さんと二人で使っているので、もう一台何か必要と、ノート型のMac Book Air にするか iPad にするかで3ヶ月ほど悩んでいました。でも、新しいOS(LION)が安定するのを待っているのも待ちくたびれるので、iPad2購入を決断したのでした。

おもにテレビ見ながら、インターネットの「ながら読み」。これはiMacよりスイスイ早く、なんて快適! あとは、ブログさえちゃんと出来ればいいわと思っていたのです。

ところがiPadって、ブログに写真がアップロードできないのです。テキストだけのアップならすぐ出来るのに、写真を入れようと思えば出来ない。まさかそんなこと考えもしませんでした。
で、Googleで検索をかけたら、同じ質問が溢れていました。ずいぶん前からこの問題は話題になっていたようです。いくつか裏道があるようなのですが、これがけっこう専門的で???です。
どうも写真の一枚一枚に埋め込みコードを作ればいいらしく、そのためにはクラウドに画像を保存して、引っ張ってくるというプロセスがいるみたいなのです(素人の感想なので確かじゃありませんが)。

で、GoogleのPicasaをアルバムとして遊んでいたので、もしやと思いやってみれば、出来ました! "Flick Stackr"に投稿して、そこから写真を引っ張るという手が一般的なようですが。で、iPhoneで撮った写真をPicasa に送り、iPad2からPicasaにアクセスして貼りつけた写真がこのブログです。
いつものタテ型の写真に文字を流しこむという、ボクのブログのデザインは出来ないみたい?このように四角い写真を貼り付けるしか手がないみたいです。でもまぁ、ブログできるしいいか。これくらいの量のテキストを打つのは問題ないし。秋のiOS5で修正されるかもしれないし。あとは、ブチブチ切れるADSLのWiFiを何とかするだけだわ。

でも、100円とか200円で買える面白いアプリがいろいろあって、なかなか楽しめるiPad2ではあります。寝ながら触れるパソコンで、横着・ものぐさな私にはぴったり。落書きやスクラップをベタベタする感覚のマイノートとして、なかなか使って楽しい今日この頃です。

2011年8月7日日曜日

夢まぼろしのキャンプストア

入道雲もくもくの、カァっ~と暑い、真夏の砂浜。焼きそばだ、かき氷だと、みんながお世話になった海の家。いろいろあるなかで、松の木の下などでひときわ大きく、白いペンキでおしゃれにデザインされた海の家。それが、「キャンプストア」だ。おなじ海の家でも、メニューがおしゃれで、店員がおそろいのシャツなど着ている。それが、「キャンプストア」だ。
夜になれば、加山雄三やマイク真木がライブをやっていそうな店。それが「キャンプストア」だ。

そうした「キャンプストア」の多くは、関西や関東の大学の「広告研究会」が運営していたのだ。学生たちが、「森永製菓」や「明治製菓」などと交渉し、マーケティング調査ということでお金や食材を提供してもらう。実際に現場調査し、メニューを決め、イベントを企画し、ポスターやチラシを制作し、生きたマーケティングを実践する場所と位置づけられていたらしい。

大学の「広告研究会」にとって、一年の前半の一大イベント。やたらと儲かったらしい。ここで得た収益で、論文集を出したりギャラリーで制作展をしたり、パーティを仕掛けたりするらしい。女子学生の部員も多く、夏の2ヶ月ほどの海水浴場での合宿生活は、すさまじく楽しかったらしい。

らしい、らしい、と書いているのは、僕らの時代にはなかったからだ。学生運動が激しくなり、資本主義の走狗となる広告を研究する部は、組織の中で先鋭化していくか、潰れていくかどっちかで、「キャンプストア」なんて3年ほど前から断固廃止になってしまったのであった。「キャンプストア」を餌にされて入ったクラブなのに。楽しい夏を取りあげられたボクたちは無力感いっぱいの新入生だった。

悔しくて悔しくて。ボクラの時代の広告研究会は、「キャンプストア」にかわる思い出をつくるべく、合宿旅行やパーティに徹底的に邁進した。クソぉ~! 学生運動のない今、「広告研究会」のキャンプストアは夏の海に帰ってきたのだろうか。

2011年7月31日日曜日

北新地は、ビール発祥の地

夏といったら、ビールでしょう。痛風も(ボクは違いますが)、ピリン体もなんのその。ついつい呑みすぎてしまいます。ところでこの前、新地のへんを歩いていたら面白い碑を見つけました。
『国産ビール発祥の地』。ANAホテルの北、相互タクシーの乗り場の向かいにありました。

仕事の資料探しに梅田のジュウンク堂をよく利用するのですが、今日は違う道を通って帰ろうと北新地の方を歩きました。昼の新地はまだ眠たそうな、でも動き出さねばという雰囲気。だが昔に比べると、お昼から開いているお店も多く、遅い昼食をとるビジネスマンも多いみたいです。

で、見つけてしまったのがこの『国産ビール発祥の地』の碑でした。なんと日本のビールは新地から始まっていたのです。なんでも、我が国におけるビールの醸造は、幕末に外国人により横浜でおこなっていたが、日本人の手なるものとしては、この大阪が初めてとか。渋谷(しぶたに)庄三郎という人がイギリス人技師の協力で、この地でビールを製造したそうです。
銘柄は「渋谷ビール」といい、犬のマークの付いたラベルであったそうな。明治5年3月から製造販売を開始、中之島近辺や川口居留地の外国人に販売していたそうです。

新地の端の方ではありますが、日本人のビールはここからはじまった。その碑は大きな木の下で、涼しげに佇んでいました。

2011年7月24日日曜日

お楽しみは「八月の濡れた砂」

舞台は湘南。ギラギラの太陽。カァっ~と暑い真夏のグラウンド。不良高校生の村野武範がやってきて、みんなが勉強している校舎にサッカーボールを蹴り込む。窓ガラスが割れる。 こうして、あの「八月の濡れた砂」は始まった。
夏といえば、この映画なのだ(裕次郎の「太陽の季節」はリアルタイムに見てないので)。

不良。ヨット。暴力。反体制。爽やかな女優(テレサ野田が風のようだった)。けだるい音楽(石川セリはもうこの1曲だけで伝説になった)。「夏」という季節のすべてが、この映画の中にあった。あの頃から、いったい何回見ただろう。

はじめは、学館の99円映画上映会だったろうか。当時、大学の学生自治会が主催する、税金のかからない99円の映画上映会で「寅さん」や「健さん」の映画をいっぱい見られた。
それとも、一乗寺の方の「京一会館」の深夜映画で見たのか。当時、近くの屋台で食べたラーメン屋が「天下一品」になろうとは。



とにかくそんな、ちょっと疲れた時代に、一生懸命、蹴りをいれていたのが、日活ニューアクションという映画群だ。このまえWOWOWで原田芳雄の「反逆のメロディ」をやっていたが、やはり面白かった。追い込まれていった人間たちが自分にケリをつけていくアクション映画を、当時の助監督たちが自由に映画していたのだ。ねぇ、米ちゃん。そしてその息吹は、この「八月の濡れた砂」を最後に、日活ロマンポルノへと受け継がれていく。

最近はこうゆうガラの悪い、乱暴な、でもどこかあたたかい映画は韓国に持っていかれたようでさびしい。
突然(余命2年と宣告されていたらしいが)、原田芳雄が亡くなった。特別好きというわけでもないが、こんなに早く死んでしまうなんて。

2011年7月17日日曜日

アロハの季節であります


アロハは比較的、よく着る方であります。どちらかというと下にTシャツとか着ないで、直に羽織りたいタイプです。汗でベタベタと気持ち悪くなる時がありますが、風が吹けばすぐ乾いてしまいますから。
世の中にはアロハのコレクターといわれる人ががかなりいるようですが、ボクはそんなの関係ありません。ヴィンテージ物なんて持ってないし。でも、ハワイのフリーマーケットで買ってきたり、もらったりしているうちに、ずいぶんと数もたまってきました。これはちょっとうれしいです。

今は、Tシャツが似合わないぷよぷよ体型なので、夏といえばアロハです。いやいや冬でもセーターの下に、シャツとして着たりすることもあります。邪道ですが、気分はいいです。

20ウン年前に新婚旅行でワイキキに行ったときは、観光客も現地の人もアロハが溢れていたのに、3年前に行ったときは全然見かけませんでした。ガクゼンとしました。今日ポッドキャストで聞いたハワイのニュースでは、ワイキキでアロハを着ている人は30人に1人とか。そこでハワイ州知事が2011年をアロハの年にすると宣言し、アロハシャツ生誕75周年を祝うことにしたそうです。

もともと日本の着物をシャツに仕立てたアロハだから、京都には、友禅のお店がブランドを作ってなかなかいいアロハを売ったりしています。ハワイのお土産アロハなどは足元にも及ばない、いいデザインのものがあります。これからはそんなアロハもラインナップに加えたいと思っています。
普通のシャツは襟が擦り切れたり、ほつれたりしたら終わりですが、アロハはそこからが、クタクタからが味が出てくるのであります。歳をとるほど、似あってくるはずなのです。

2011年7月10日日曜日

手づくり梅酒を、もう一杯

わが家の梅酒はうちのKさんの実家のお母さんに、毎年つくってもらっている。甘い梅酒はキライで、できるだけ辛口の梅酒をというリクエスト。甘くない梅酒なんて売っていないので、もう、この梅酒は手放せない。甘くないから、和食にも洋食にも合う。お腹をこわしているときにもいい。というわけで、毎年多めにつくってもらう。今新しい梅酒を仕込んでもらっているところで、写真の梅酒は昨年産の最後の一杯だ。

小さい頃は、母親が手づくりで梅酒をつくっていた。母は甘めのワインとかが好きだったようだから、梅酒もほどほど甘かったと思う。子どもたちにはそれくらい甘いほうがよく、サイダーで割って飲んでいたような気がする。小学生の頃から梅酒につかっている梅の実が好きだった(今でも大好きだけど)。あのおかげで酒を鍛えられたのかもしれない。梅酒の梅の実は、けっこうアルコール度が高いから。
そんな環境なので、手づくり梅酒は珍しくないと思っていたが、飲み会で聞いてみると家でつくっているという人は少ないようだ。あるパーティに、家の梅酒を持っていったらすぐになくなってしまった。

今、気がついたけど、この梅酒の実は、いい薬味になりそうだ。カレーに入れるとか、サンドイッチに入れるとか。おいしい料理やおつまみに発展するかもしれない。パスタに入れても旨いかな?なかなか自分で動かないから、ただの思いつきで終わってしまうことが多いけれど。
ところで関西では一昨日、梅雨が開けた。平均より13日ほど早いらしい。やれやれ、今年の夏はたいへんそうだ。みなさん熱中症にご用心を。

2011年7月3日日曜日

おじいの扇風機についての考察

家のじいさんは89歳になる。すこぶる元気でなによりであるが。
散歩にもよく出かける。どこを歩いて来るのか2時間ほど帰って来ないこともある。昨年は、自分の杖(ストック)に躓いてこけ、かばった手の骨を骨折していた。自分の頭で思っている以上に、自分の足が付いてこないのだ。この杖に蹴躓くという老人の事故が多いそうだ。杖を使うのも難しい。骨折は完治したようだ。

このじいさんがエアコンをガンガンに使う。夏は寒すぎて、トレーナーを着こむくらいエアコンを使う。冬は暑くてパジャマでOKというくらい暖房する。ちょっとしたお出かけならエアコンをつけたまま出かける。そのくせ、ボクが台所の蛍光灯を昼間点けると「もったいない」とすぐに消す。おいおい消すなよ。
この傍若無人ぶり、どこの家も、年寄りというのはそうなのだろうか。
傍若無人が年寄りの醍醐味だ!ということもできるが。

ところが今日、扇風機を買って来いと、きたもんだ。ホンマかいな。新しい下着を買ってきても、もうじき死ぬからもったいないと云うクセに、扇風機を買ってこいだと。またTVに影響されている。とにかくTVが大好きで、健康オタクで、なんでもTVの云うことは正しいと信じている。「あるある大事典」の捏造騒ぎの時は、TVが信じられなくなって軽いパニックに陥っていたようだ。

こういう年寄りにも、最近の節電騒ぎはちゃんと届いているのだろう。そうゆう、社会への参加意識はけっこう強いのだ。いやいや新しい扇風機がほしいだけで、電力のことなど考えているふりをしているだけかもしれない。扇風機を買ってきても、エアコンと両方を使用する気がする。誰が電気代払っていると思うてんねん、ホンマにぃ。

…どうしよう、扇風機。

2011年6月26日日曜日

いつかはじけた、藤の種

昨年の今頃です。拾ってきた藤の種子がパンッ!という音ともにはじけ、部屋に飛び散ったのは。その種を植えておいたのがこんなに大きく育ちました。花が咲くまではまだまだ時間がかかりそうですが、こうして育ち楽しませてくれています。はたして、藤棚ができるほど育つのでしょうか?

ことしのテラスは夏の入り口というのに、はや、なかなか華やかです。赤いハイビスカス、黄色いハイビスカス、ブーゲンビリア、みんな越冬に成功して、梅雨だというのにがんばって咲いてくれます。やっぱり冬は部屋の中に入れてやらないと、南国の花は越冬できないみたいです。はじめのハイビスカスは外で冬を越してどんどん成長したので、外でもいけると思い込んで、だいぶん枯らしてしまいました。これらの花は、これから10月頃までがシーズン。たくさん咲いてくれることでしょう。

バラの花も元気です。昨年暮れに外壁やベランダの防水・塗装工事したときに、枝を全部切って放ったらかしにしていたのが良かったらしく、昨日などは小さい鉢なのに10輪も花を咲かせていました。

さて、今このブログを、フランスのZAZという女性のボーカルをTouTubeで聴きながら書いています。TSUTTYANが教えてくれた、パリの女性シンガーです。JAZZのようなシャンソンのような。ハスキーな声が優しく響きます。

2011年6月5日日曜日

なんか頑張ってる嵐電なんだ

最近の嵐電はなんだか積極的だ。特別、観光客が増えたわけでもないが、イメージアップ&地元の鉄道としての頑張りように力が入っているのだ。左の写真は「京紫」という色(らしい)で、きれいになった嵐電。これが新しい嵐電のイメージカラーらしく、順次この色の車両が増えていくそうな。はじめは、ゲゲッと思った色だが、少しくすんでくると、まぁいいかと思えてしまうから不思議だ。中のシートも、この色の起毛シートだ。

そして下の写真は、交通安全週間の期間限定か。パトカー色にお化粧したパト電だ。朝なんか出勤の時、幼稚園の子供たちと一緒になるのだが、パト電が来たら、歓声をあげて大喜びだ。
そしてこうした電車に混じって、季節の「梅電車」や「桜電車」、「お化け電車」また、小学生たちの絵を広告スペースに掲載したギャラリー電車などが走っている。

観光のメインの駅は「嵐山駅」だが、プラットホームの「足湯」は何年か前から人気だ。そして最近の夏の定番はプラットホーム・ビアガーデンだ。「帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅」も40年ぶりに、車椅子にやさしい駅にリフォームされた。料金も、旅行者にわかりやすい200円均一になった。この春には、PITAPAも導入された。着々と「もっさい嵐電」から「できる嵐電」へと進化している。
いったい何があったんだろう。

2011年5月22日日曜日

靱(うつぼ)公園の、バラ満開

お昼を食べた後、いつも行く喫茶店がある。昼はコーヒー。時代が変わっても、会社の場所が変わっても、この習慣は学生時代から変わらない。給料が少なくて小づかいのない時代も、この費用は捻出していた。
しばしのバカ話。しばしの雑誌読み。ところが、こうした時間を過ごせるサテン(喫茶店)が、近頃無くなってきた。京都はまだ学生のような大人が多いせいか、この手の喫茶店はけっこう残っているが、それでも大学の周りの喫茶店は激減しているようだ。

スターバックスやドトールはオフィス街には多いが、こうした喫茶店は少ない。で、最近、句読点のような時間を求めるサラリーマンが増えたのか、いつもの喫茶店も時間がすこし遅くなると入れなくなってしまった。何時行ってもガラガラの喫茶店だったのに、ボクたちはコーヒー流民となってしまうのだ。
この日も「いっぱいで無理やわ、ちょっと散歩してきて」とママにいわれてしまった。

そこで足を向けたのが近くの靱公園だ。昔、会社はこの近くにあり、よくお弁当を持って食べに行っていた。その頃はコロシアムのようなメインのテニスコートがあり、その階段状の席で、テニスする人を眺めながら昼を食べたものだ。そのテニスコートも今はなくなり、昔から有名だったバラ園が大きく広くリ・デザインされた。
まさに、今が見頃。よく手入れされたさまざまなバラが咲き競い、さまざまな香りを楽しませてくれる。ああ~、ベンチに座り、ビールなど飲みながら、本など読みながら、うたた寝してしまう人になりたい。この靭公園のバラは、この季節のトピックス。きっとNHKのニュースでも紹介されているだろう。

2011年5月15日日曜日

アナ・ホテルが倒産してしまった


最近おき楽さんぽの頻度が少ないので、ハワイ・ネタを。

前にハワイに行ってもう2年半ほどになりますか。ワイキキに行ったら泊まってみたいホテルがありました。ハワイ・アナ・ホテルといいます。ロイヤルハワイアンの西側の位置にあり、ビーチにもすぐ近く。高層のホテルが林立するワイキキにあって、3階建ての低層ホテルです。いくつかの棟に分かれ、真ん中には小さなプールが。
「ハワイアン・アイ」の60年代ハワイに、一気にワープしてしまうような、超アットホームなホテルのようでした。なんでこんな所にこんなホテルが?!という隠れ家的なホテルです。


前いったときに泊まりたかったのですが、ちょうど後ろで超ゴージャスな高層リゾート・トランプタワーの工事の真っ最中。音もうるさいだろうし、陰になるし、上から工事の人に見下ろされるのも気分悪いしと、宿泊を見送ることにしました。
で、あきらめきれず、今度こそはと、ハワイに行ったときにホテルを覗きにいきました。ご覧のように花いっぱいの、小さな天国のようなホテルなのです。
ところがなんと昨年、突然倒産してしまいました。日本が不景気なため、日本人観光客もだだ減りのワイキキは経済的にもしんどいらしいですが、倒産してしまうとは。にっくきは、金の亡者トランプタワーであります。

非常に残念ではありますが、もう一つ残されたカードがあります。それがアナホテルの隣のブレーカーズです。日本人の茶道関係の経営か、お茶室まであるようなのですが、ちょっと古くて汚そうなのがHPの写真からもわかります。
でも同じような低層のマンション。このホテルまで無くならないうちに、またハワイへ行ってみたいものです。
3.11の震災後、日本人観光客も目にみえて減り、ピンチのハワイらしいですが、長期の被災者受け入れを無料で提供するとアロハしてくれた人たちに「観光」でお応えしたいです。

2011年5月7日土曜日

サルサ、レゲエ、こんにちは


このGWになる前から、身内にちょっと不幸があって。なかなか「お気楽」という雰囲気にもなれずこのブログもほっておいたのですが、ぼちぼち再開とMacにむかいました。
で、テーマはCD。故人はレゲエやサルサといった音楽が好きで、家の棚はその手のCDであふれています。また仕事でパリにもよく行っていたので、フランスの変なCDもいろいろあります。ボクにとっては、今まであまり馴染みのない分野なので、面白そうなCDを20枚ほど借りてきました。

なにしろ、真夏のカッと照りつけるような土地のレゲエを、部屋でもお店でも響かせていた人ですから。知らないアーティストのCDばかり。でも、いろいろ探してみると、ちょっと聴きたくなるものがありました。
サルサも、ニューヨークのJAZZスポットで、ちょっとアレンジされたLIVEはなかなかいい感じ。<エル・グラン・コンボ>などのLIVEも初心者には馴染みやすそうです。好きな音楽ばかりでなく、違う扉を開けて入っていく。そんな中のCDを一枚、部屋に流しながら書いていますが、自分の空間の色が変わってくるから不思議です。

この関係では<Buena Vista Social Club>はDVDも持っているし、CDも何回も聴いているけれど、それ以上ほかのを聴くには至りませんでした。でも、ライ・クーダーは好きだしと思っていると、かれのコレクションにも10枚ほどありました。音楽の共通項がこんなところにありました。
病気になって好きなお酒も飲めなくなっていましたが、いやあ残念。お酒を飲みながら、ライ・クーダーを聴きながら、馬鹿な話のできる人が一人いなくなってしまいました。

2011年4月17日日曜日

鴨川のさくら日記:第三週

京都の桜は今、どこも満開のようだ。昨日は、北大路ビブレに買い物に来たついでに、お弁当を買って植物園横の鴨川辺りを歩いてみた。「なからぎの径」と云われる土手沿いの小道だ。いつの頃からか、紅しだれ桜が植えられ、ちょっとした春の名所になったようだ。
普段から、家族連れや学生たちでにぎわう鴨川沿いだが、ことに桜のシーズンと学生のサークルの歓迎会が重なる今頃ははなやかな雰囲気に包まれる。ただ昨日は、風も強く、曇り空で、すこし肌寒かった。

それにしてもお年寄りたちは元気だ。リュックを背負った一団が、午前中のハイキングを終えて上賀茂の方から歩いてきなさる。お絵描きの一団は、強風にめげず、みな同じ方向を向いてしだれ桜を写生してござる。カメラを首から下げたカメラマンおばちゃんも多い。平日・週末関係なく、春と秋はお年寄りたちの天国だ。
今日はいつものカメラもケータイも忘れて出かけ、なれないケータイの写真で、画像が小さくなってしまった。

2011年4月12日火曜日

嵯峨野のさくら日記:第二週

日曜日。天気もいいので、朝の散歩がてら嵐山へ出かけた。行きは嵐電、帰りはぶらぶらと歩いて帰るコース。八時半頃の嵐山、渡月橋のあたりはもう混み始めてきている。朝の日差しさす午前中の桜が美しいからか、アマチュアカメラマンが特に多いようだ。
すこし歩けば、桜の下でもいい場所がいっぱい空いている。酒を飲んでいる人はまだいないが、お弁当(朝の)を食べたりする人がちらほら。私たちも買ってきたサンドイッチとコーヒーで、朝食。山の桜も今年は早いようで、川沿いのソメイヨシノとのハーモニーが美しい。


この写真は、亀山公園の展望台からとった写真。真正面のお寺は「大悲閣」。下の旅館は最近経営が代わり、星野リゾートの高級旅館に衣替えしたようだ。もうすこし時間が経てば、眼下には、保津川下りの船や、トロッコ列車がピィッーと汽笛を鳴らしてやってくるプレミア席だ。
この公園から、大河内山荘の裏を通り、常寂光寺、二尊院方面へ。まだまだ人は少なくゆっくり歩ける。釈迦堂から大覚寺・大沢池方面へ。こちらも満開。最近、桜と紅葉のシーズンのみ入園料をとりはじめたので、入るのはパス。さぁ、帰ろう。帰りに小学校で市会府会の選挙にいこう。

2011年4月5日火曜日

嵯峨野のさくら日記: 第一週


嵯峨野は一気に春がきたようです。すこし前まで、愛宕山の上の方は白くなっていたのに、あれよあれよという間に、しだれ桜が咲きはじめたではありませんか。佐野藤右衛門さんの所の、円山と姉妹のしだれ桜も、もう七分咲き。広沢の池のお隣りの宗教団体の「平安郷」の豪華なしだれも、もうすぐ満開。庭園を開放していました。
でもちょっと、いつもと違う。近所で一番先に咲くはずの桜の蕾がまだ固かったり。なんか今年は、バラバラに咲くよ、という感じです。その分、長く花見を楽しめるかもしれません。


日本に今、春がやってきて、良かったと思います。東北はまだもう少しあとかもしれませんが、気温がすこしづつ暖かくなり、桜の花が咲きはじめたら、ずっと下をみて仕事をしてきた人たちが、ちょっと上を向いてほっと息がつけるかもしれません。震災で辛い思いをしている人たちが、その明るさにさらに悲しさを感じたとしても、やはり春はやがて人の心をあたためてくれるでしょう。桜の国の人々は、桜ととともに前へ歩みだすはずです。

今年は花見のばか騒ぎはちょっとやめておくとしても、いろんな桜をしっかりと見ていこうと思います。

2011年3月27日日曜日

JAZZ喫茶、何年ぶりだろう

この前久しぶりに、会社の大先輩に連れてもらって「YAMATOYA」へ行った。飲みに行って、帰るまえにもう一軒という感じで行ったので、かなり遅い時間だった。
「YAMATOYA」は学生の頃に行ったこともあるが、高級感の漂うJAZZ喫茶で何となく入りづらかった。京都市内でも自宅からは東の方なので、地理的にも(感覚的に)ちょっと遠かったのだろうか、あまり足を運ばなかった。

JAZZ喫茶って、懐かしい響き。なにしろ授業をサボって、あるいは休講の時間に行ったのだから、学校の近くが圧倒的に多かったように思う。40年ほど前は、ほんとうにJAZZ喫茶がいっぱいあった。クラシック喫茶もあった。宮谷和彦のJAZZ漫画もかっこよかった。日野輝正がアイビーカットで吹きまくっていた時代だ。
「しあんくれ~る」「DUKE」「蝶類図鑑」、学生街の学生相手のJAZZ喫茶の多くは潰れてしまったが、町中ではまだ頑張っている所もいくつかあるようだ。

久しぶりのJAZZ喫茶はなかなか良かった。時間が遅いせいか、店内も静かだったし、やはり響き渡るような音量はJAZZ喫茶ならではのものだ。こういう場所で、しみじみと洋酒を飲むというのも、こらからのお楽しみか。京都には、老舗のJAZZ喫茶がずっと残っていてほしい。 ところで、JAZZ喫茶って云っていいのかな?

今週は、こんな「がんばれ!日本」に出会いました。



2011年3月21日月曜日

You'll Never Walk Alone


東北巨大地震が発生して1週間以上たちました。
被災された方々、そのご家族の方々にお見舞い申し上げます。


発生日の金曜日は、大阪のオフィスでも、僅かな揺れですが長い間揺れていました。ちょっと気持ち悪かったです。それが東北の地震のものとは驚きでした。
日本観測史上最大のM9.0といわれてもピンと来ませんが、さまざまな津波の映像には、自然の力の前では、人の無力さを感じずにはいられません。TVでも、呆然とする映像が次から次へと、映しだされていきました。

阪神大震災。あれが人生で同時代に遭遇する最悪の災害と思っていましたが、なんということ。まだ20年も経っていないのに。被災された多くの方は沿岸漁村やお百姓さんのお年寄りが多い感じ。地震に耐えたのに、巨大な津波が襲ってくるとは。逃げるに逃げられなかった無念さが重く避難所を満たしているようです。

そしてさらに追い打ちをかけるように(あるいは、今まで起こらなかったのが不思議なくらい)原発の「炉心溶融」のニュースが展開しています。このニュースはどうやら海外のメディアが熱心に報道しているようで、ドイツなどでは津波の被害情報そっちのけで、原発ニュースにかかりっきりとか。これもまた、世界同時的な情報共有になっているようです。
東京をはじめとする関東地方でも、計画停電や外国人の帰国命令などもあり、異様な恐怖心が広がっているそうです。

次から次へと情報が入ってきだしたのはツィッターです。私のiPhoneにも、はじめは東京からのひどい揺れのメッセージが。そのうちに東北らしいというメッセージが。そして、津波注意のメッセージに。
リアルな情報がどんどん、世界中を駆け回っていたようです。その日の夕方には、海外のCNNやBBCで津波の映像を流しているという情報もツイッターで知りました。川からあふれた海水が畑や田んぼを侵食していくヘリからの空撮でした。ちょっと信じられない光景。(NHK WORLDの映像でしたが、NHKのHPでは見られませんでした)

テレビでは、原発中心の情報があふれていますが、ツィッターではどこそこに支援が足りないとかいうすぐ役に立つ情報だけでなく、海外からの応援がこんなに届いているとか、リアルでうれしくなる(感動してしまう)情報が発信されています。

その中の一つ、卒業式が中止となってしまった立教新座高校3年生へ送った校長先生のメッセージがすばらしいので、ここでも紹介させていただきます。

http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

神戸のように少しでも早く復興してほしい。それは無理な願いなのでしょうか。
たしかに今、日本人がなにかに試されているような気がします。そしてその連帯感みたいなものが生まれているような気がするのは幻想でしょうか。なぜかみんながサッカーでおなじみになった日の丸を胸に付けているような気がするのですが。

最後に、AKB48の5億円の義援金にはびっくり。こいつらすごい。

2011年3月6日日曜日

コメント表示できるはずです


ブログにコメントしても表示されなかった方々、本当にごめんなさい。
グーグルブログを使っているのですが、どうもそのセキュリティが新しくなって、
原因はわかりませんが、いただいたコメントが別のトレイにはねられてたまっていました。
ブログを作ってる本人が、これからもっと「スパム」のトレイをちゃんと見なさいということのようです。
原因わかりましたので、これからもコメントよろしくお願いいたします。
以上、ご報告まで。