街を歩こう。山を歩こう。嵯峨野を歩こう。旅を歩こう。維新を歩こう。映画を歩こう。

月に一・二度はフェアウェイも歩こう。お気楽な日々を、お気楽に記録していこう。

お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2014年12月7日日曜日

もう師走か、「ラフロイグ」でゆっくりしよう


あぁ、今年の紅葉はとてもきれいだ。とくに、赤い葉がいつもより赤いな。と、嵐山へ行ったり、御室の八十八カ所を回ったりしているうちに、もう12月だ。しかもこの2・3日は寒くて、1月下旬なみの気温らしい。ブーゲンビリアやハイビスカスを、手入れして部屋に入れてやらないと。年賀状もそろそろつくらなくっちゃ。カレンダーも買いに行かないと。今年はあんまりゴルフ行ってないのに、あわただしく過ぎてきた。

忘年会も、一つはもう終わった。最近は仕事の打ち上げなどもなく、忘年会もものすごく減っているが、それでも年末までにあと4つ。身内のクリスマスのおよばれもある。でも、きれいなオネエさんに囲まれて呑むなんてことはなくなってしまた。ウィスキーを飲むことも少なくなった。
だいたいが、酒に弱くなってしまって、日本酒を飲んだあとにウィスキーでも飲みに行くなら、次の日がもう二日酔い状態。なにをする気も起こらない。それでも、時々はウィスキーを飲みたくなるから、家で夕飯の時に飲むことも。

そんな時は「ラフロイグ」。アイラ・モルト・ウィスキー。アイラ島のクセのあるウィスキーで、一緒に飲みに行った連中からはクサイと相手にされなかったスコッチだ。ヨードの香りがきつく、薬のような味がするウィスキー。昔から、J&Bのようなスコッチが好きだった。グリーンのボトルに赤いキャップ。これも少し、ヨードの薬のような香りがすこししていた。

今年は「マッサン」ブームで、サントリーもニッカも、復刻版ウィスキーが人気のようだ。



狂い舞う プラタナスの葉 デスマスク


2014年11月10日月曜日

とんとんと石段登ってこんぴらさん



両側にお土産屋さんがびっしりの参道の階段を上って行く。あぁ、写真でよく見る、金刀比羅宮の光景だ。平日の午前中のせいか、人が少なく、呼び込みの声もあまり聞こえないけど。いろんなお店を覗きながら、大門へと着く。ここからが境内。五人百姓が傘をならべて、名物の飴を売っている。ここから御本宮までいよいよ階段もきつくなってくる。
今回は途中の奥書院で若冲の障壁画を特別公開していたので見学。おかげで階段を一気に上まであがることなく、息があがることもなかった。それにしても、ここも中国系の観光客が多いようだ。もうすこしで御本宮の所にはなんと資生堂パーラーが「神椿」という名のレストランをだしていた。高そうなので行ってないけど。
御本宮でお詣りし、絵馬堂などを見る。航海の安全を祈願する神社だけに、絵馬も造船や観光船の企業、さらには宇宙船(ロケット)をつくる企業のものまであって面白い。もうひと頑張り、白峰神社へ。一番奥の奥社までの途中まで行ってみることにする。何しろ今度くる時はここまであがって来れるかどうか、だから。

帰り道は裏参道の、山の小径を下って行く。そして旧金比羅大芝居の「金丸座」へ。現存する日本最古の芝居小屋。江戸時代も、そして今も人気のこの歌舞伎小屋は、国指定の重要文化財だ。最近もチケットを売り出して、人気のある興行は数分で売り切れるらしい。なにしろ役者と観客の距離が、ここほど近いの小屋はないらしい。などなど、ボランティアのおじさんが、花道から舞台、楽屋や奈落の仕掛けまで案内してくれる。いやぁ、面白い。最近も、染五郎の興行があったみたいだ。

お昼は参道の「とらや」で、讃岐うどん。昔は旅館をしていたという老舗だ。この店と、昨日の夕方こちらに着いてすぐに行った「狸屋」は、維新の会でおなじみのNさんに教えてもらっていた讃岐うどんのお店だ。
お昼を食べて帰路に。途中で鳴門の渦潮を見る船に乗ったが、潮流の見所の時間とタイミングがあわず、大きな渦は見られなかった。残念。


石の波 月にきらめく 金刀比羅宮


2014年11月2日日曜日

どんどんと太鼓なる道後の湯へ


朝、6時。太鼓の音が聞こえてくる。道後温泉の、開場を告げる太鼓だ。ホテルの窓から、道後温泉の入り口がすぐ下に見える。朝の散歩のような人が入っていく。朝6時頃は地元の人が多いけど、6時半になったら空いてきますよと昨夜ヒアリング済み。朝食前に、カランコロンと下駄を引っかけてお風呂へ行った。

三階の個室を頼んだ。江戸っ子の坊ちゃんは、三階しか行かなかったらしいから。男湯は三つの浴室を楽しめる。わが国最古の温泉といわれているだけに、表のたたずまいだけでなく、浴室もどっしりした風格がある。きれいなお湯。じっくりと効いてくる。天皇家御用達だったお風呂もなかなかのもの、見学できる。

風呂からあがって飯食って、車をおいて観光散歩へ。すぐに坊ちゃん電車がやってきて飛び乗る。まずは「坂の上の雲ミュージアム」へ。と行ったが大失敗。泊る所が予約しやすく安いからと、月曜を組み込んだのが大間違い。ミュージアムはじめいろんな所が月曜休館日。しょうがないので、名物のみかんのゼリーをチュパチュパしながら、松山城に行った。写生会の小学生たちの間を抜けて天守閣へ。吹きわたる心地いい風が、湯あたり気味のほてった身体をさましてくれる。
昼飯を軽くすませたら、琴平へドライブ。金毘羅宮も行きたかった所だ。

ところで京都は紅葉が美しくなってきた。今、桜の葉が真っ赤。鴨川ぞいの道は赤色・黄色・緑色と色とりどりで、紅葉シーズン第1章はじまるといった感じ。



金木犀 にほふ坂あり 雲の下


2014年10月19日日曜日

道後温泉に行ったぞなもし 1


その喫茶店は、尾道の志賀直哉邸の前にあった。千光寺へ行って、尾道の港を見ながらぶらぶら降りてくる丘の中腹にあった。店を閉めてどれくらいになるのだろう。昔は手入れされていたはずの多くの花が、雑草化しながらも咲いていた。年中、陽あたりがよく、穏やかな気候なのだろう。枯れずに健気に咲いてる。
昔は、京都にもこんな喫茶店がたくさんあった。アンノン族のディスカバージャパンの頃は、信州へ行っても北海道へ行ってもこんな蔦のからまった赤いドアの喫茶店が流行っていた。すっきりきれいな志賀直哉邸よりも、時代を感じさせる喫茶店ではあった。

それにしても、ネコの多い町だ。岩合光昭さんがカメラを構えていそうな細い路地があちこちへ続いている。路地の角を曲がるたびに、ゴロニャンしているネコたちに出会う。丘を降り、JRと国道2号線をこえれば、商店街。今日は大仮装行列大会の日。いろんな仮装をしたたくさんの人たちが練り歩いていた。別に追いかけているわけではないが、駐車場の方へ向かって歩くと「七福神」の仮装グループの追っかけになったみたいだ。11時頃食べた尾道ラーメンのお店「朱華園」も、2時くらいには長い行列ができていた。

今日はこれから「しまなみ海道」をわたり、途中で村上水軍の博物館を見たり、来島海峡の観潮船に乗る予定。道後温泉に着くのは夜6時くらいだろう。


空も海 1000kmドライブ いわし雲


2014年9月7日日曜日

満月の夜、ねんねん ねんころり。


夜、眠るときに窓から入ってくる風が涼しくなってきた。朝は、窓を閉めないと寒いくらいだ。
最近、よく聴いている音楽が“Hushabye Mountain (ハッシャバイ・マウンテン)”という歌だ。映画「チキ チキ バンバン」のなかで、ディック・ヴァン・ダイクが歌う子守唄だ。小さい頃、「メリーポピンズ」のこのおじさんが好きだった。

 “Hushabye ”といのは、日本の「ねんねんころり」というような意味らしい。ねんねんころりのお山からララバイ湾にやさしい風が吹いてくる。風は湾に集まった帆船の帆を膨らましていく。さぁ、その小さな胸の悩みややっかい事を帆船にのせて吹き飛ばしてしまおう!あっちへあっちへ飛んでいけ。そしてぐっすり、おやすみなさい。というような歌だ。

むこうの人はこの子守唄が大好きらしく、ロックの歌手が歌ったり、JAZZになったり、女性歌手が歌ったりしている。ライブの気分転換に、短いこの歌が好まれるのかもしれない。作詞・作曲は、シャーマン兄弟。ディズニー映画の多くのヒット曲を書いた人たちだ。「パイナップル・プリンセス」も、リンゴ・スターがカバーした「You're Sixteen」も、彼らの作品ということを、彼らの伝記映画を見て初めて知った。びっくりだ。


夜空といえば明日9月8日は、仲秋の名月だ。雨続きの夜が多いが、晴れるだろうか。
最近、遅ればせながら読んでいるのが、村上春樹の「1Q84」だ。世紀末の子守唄のようなお話。1984年と、月が二つある1Q84年の話だ。おさないファンタジーと暗い予感につむがれた村上ワールドに、なぜか時々浸ってみたくなる。「1Q84」の天吾くんと青豆さんには、仲秋の名月も二つ見えるのだろうか。



ねんころり 母のにおいに 月の影


2014年8月26日火曜日

「やれやれ」と、朝顔が言っているようだ。


今夏の朝顔は、かわいそうなくらい元気がない。5月のGW明けくらいに種をまいて、芽こそは元気に顔を出したが、そのあと思ったように伸びない。葉っぱもまばらだし、大きくならない。なにしろ5月後半から6月はすごく暑くて、大きくなる前に干涸びたようなありさまだ。そしてそのあとは根腐れしてしまいそうな大雨が続く。
これはうちだけではなく、隣りの家もいつもの朝顔が咲いていない。散歩していても、花をいっぱいつけた朝顔にはお目にかかれない。今年の朝顔は散々だ。それでもなんとか、健気に薄い色の小さな花を咲かせてくれる。もうすぐ夏もおわりだけれど。

最近元気なのはハイビスカスだ。ダメ元で買ってきたひと鉢280円のお安いハイビスカスが大きくなって赤やオレンジの花を咲かせてくれる。これがちょっと種類が変わっていて、花の中心からもう一花咲かせている。花びらはフリルのよう、「小公子」みたいだ。
違う日に買った、こちらもお安い300円くらいのハイビスカスも大きくなった。3鉢あって、黄色や芙蓉のようなピンク色の花を咲かせる。こちらのハイビスカスは大きな花を2日間咲かせる。こんなハイビスカスは初めて。お得な感じだ。そこに越冬に成功したブーゲンビリア2鉢も加わって、今ベランダはなかなか華やかになってきた。

いくら南の花だといっても33度や35度は暑すぎる。28度くらいが気持ちいいのだろう。ハイビスカスやブーゲンビリアは、まだまだこれから11月頃まで楽しめそうだ。



露地かすむ 85mm/h 夏しぶき


2014年7月27日日曜日

やっと、堂本印象を見に行く


この前紹介した「きぬかけの径」の、立命館衣笠キャンパスの前にこの美術館はある。ヨーロッパの絵本に出てくるような真白い、お菓子のような美術館。立命の新キャンパスが生まれたのと同じ頃、1966年にこの美術館は開館した。御室仁和寺や、竜安寺から金閣寺方面へと歩いて行くと突然、緑の丘のふもとにこんな建物が現れる。
いつもは素通りしてばかり。やっと入って、見ることができた。

そもそも「堂本印象」という人の名は、ボクの場合、この美術館から覚えた。その名前といい、この建物といい、てっきりミロのような抽象画の芸術家と思い込んでいた。が、この美術館に行って初めてこの人の初期の作品から見ることができた。日本画家としてのスタート期、寺院などの障壁画の世界、そして洋画の世界から晩年の抽象画の世界へと辿れる。
といっても、パーマネントコレクションのように、堂本印象の多くの作品が見られる訳ではない。普段は季節のテーマに合わせて、京都の作家の作品などを展示している。印象の人気作を多く見られるのは、年末の「名品展」の時だけらしい。

しかし見所は、この美術館そのものだ。もともとは堂本印象が個人で建てた美術館。今は京都府立となっているが、ドアの把っ手も、窓のステンドグラスも、庭のベンチも、館内の椅子も、エントランスの柱もみんな堂本印象のデザインで、印象の童話の世界に入ったような空間だ。今のところ、映画にも、CMにも出てこないから、それほど有名なスポットではないらしい。

時間のある時ふらっと来て、煙草を吸う人は、庭のベンチでゆっくり時間を過ごす。そうした「大人の修学旅行」にぴったりの場所だ。


炎天に くらむがごとし 抽象画

2014年7月6日日曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #14 きぬかけの径 ●●

今回の道は、裏道ではなく、堂々とした表の街道ですが。昔風に言えば、一条通の西のほう。今風に言えば、「きぬかけの径」として観光マップに載っています。東は(北は)金閣寺から、立命館大学、竜安寺の横を通り、仁和寺、福王寺へと続きます。この福王寺の交差点からは高尾ルートと、広沢の池や大覚寺・嵐山方面へのルートに分かれます。
観光ルートのメインルートの一つですが、日本人は自家用車かバス利用が多いようです。それにくらべ、外人たちはよく歩いてはります。仁和寺~竜安寺~金閣寺は歩く観光にぴったりの道なのです。
金閣寺の裏の山を衣笠山といいます。その昔、貴族たちがこの山に絹をかけて、金閣寺から冬景色の楽しんだという話もあります。そうしたお話からの「きぬかけの径」なのでしょう。
写真は竜安寺の西のほう。このあたりには古くから「山猫」という茶店があり、時々映画で見かけます。近くには映画人が多く眠る墓地もあります。
この道をクルマで通るのが好きです。多少遠回りでも、よく通ってます。四季の変化がすごく楽しめるのと、かわいい外人の女の子に手を振れるからです(ウソです)。最近は散歩コースにもなっています。金閣寺から仁和寺まで歩いても30分くらいでしょうか。「京都マラソン」のコースにもなっています。ずっと上りがつづく、過酷なコースではあります。


息を吸う 枇杷の葉ひかる 雨あがり



2014年6月7日土曜日

昭和オーラの変なお店見っけ


ぶらぶらしていると、商店街から外れた道に、こんな店があった。周りは住宅街。なに屋さんかな?元は、たばこ屋さん、駄菓子やさん?今もやっているのか、もう閉めたのか。
昔のたばこ屋さんは、ちょっとしたコンビニで、はがきや切手も売っていたし、ノートや週刊誌も置いていた。そんなお店だったのかもしれない。切手の収集がはやっていた小学生の頃は、近くに郵便局ができるまで、たばこ屋さんで記念切手を買っていた。「平凡パンチ」や「F6セブン」や「週刊プレイボーイ」が創刊された頃、ボクたちの年齢では本屋で買うのが恥ずかしく、たばこ屋さんで週刊誌を買ったこともあった。


それにしても、このぺたぺたと貼られたブロマイドの凄さ。昭和のオーラを存分に放ち、なんという存在感。
存在感がありすぎて、周りの住宅の人は困っているかもしれない。もう少しきれいにしてくださいよと、町内会で問題になっていたりして。勝手な想像だけど。

駄菓子屋さんだけでなく、焼き芋を売ってる炭屋兼氷屋さんとか、学校の体操着を売ってる文房具店とか、今にして思えば変な店が多かった。そうした店には子どもたちも集まってくる。町の平和度は、昔の方がはるかに高かったんだね。
それにしてもスゴい。この昭和オーラの変な店、「のどかさ」を通り越して、ラジカルに進化してきたみたいだ。お隣りなら困るけれど、町のどこかにあるのはうれしい。この勝手さが、問題なんだろうけど。



しゃぼん玉 はてな?の店の 屋根こえて


2014年5月8日木曜日

焦げ茶色の絹さや見つけた


前回書いたブログのコメントの中で、話題になっている絹さやがこれです。花は同じ赤とピンクの種類ですが、濃いえんじ色というか焦げ茶色の実をつけています。ヨウドウさんのコメントによるとエジプト原産の種類で、ツタンカーメンとかクレオパトラとかいう名前を持っているらしいです。

嵯峨野のへんを散歩しているときに、お百姓さんの畑で見つけました。珍しかったので、番外編で、写真を掲載しておきます。

2014年5月4日日曜日

プランターの「絹さや」が収穫期に


春になり田舎の道を歩くと、畑で見かける赤やピンクや白い花の豆の花がきれいだと、前から思っていた。春を呼ぶ花のようで、ベランダで育てたいと思っていた。「絹さや」の花だ。どちらかといえば観賞のためで、オクラの花が奇麗で育てたいと思ったのと似ている。

そこで昨年11月に種を買ってきて、蒔いておいた。冬を越さなければならないのだ。好きなのは赤い花・ピンクの花を咲かせる方だが、初めてなので白い花を咲かせる方と2種類蒔いた。
豆は思ったよりぐんぐん育ち、1月頃には5cmくらいになり、かぶせた不織布の上には何度も雪が積もり、大丈夫かなと思っていた。寒い間は月に10cmずつ大きくなり、4月になるとぐんぐん伸びた。白やピンクのモンシロチョウがいっぱい飛んでいる感じだ。そしてこの度めでたく収穫の時を迎えることができた。

湯がいて美しい絹さやは、筍ご飯のトッピングや、若竹煮にもぴったり寄りそう。塩こしょうでさっと炒めてもおいしい。プランター一つだから、それほど量はできないが、3日に1回は収穫できる。昨年買った種はまだ10年分くらいありそうだから、毎年育てて行こう。近頃は咲く花の数もめっきり減ってきた。シーズンも終わりなのか。


ひらひらと 風に舞う夢 豆の花


2014年4月25日金曜日

3年ぶりの愛宕神社へ


久しぶりに愛宕山に登った。今回は清滝から正面の参道を上がった。月参りでお年寄りも登るルートなれど、なかなかきつい。前回の空也の滝から月輪寺ルートにくらべるとましだけど、なかなか。この頃はちょっと山中に入ると人がいなくて、クマが出てきたらと心配もするけど、このルートは人も多くて安心。
それにしても元気な年寄りが多い。
70歳くらいのオジジ・オババが頭にバンダナ巻いて降りてくる。朝早くからお詣りしてきたのだ。こっちは二三十分も歩くと休憩。登り始めた頃に、この人大丈夫かなと思ったご婦人にも追い抜かれてしまう。ゆっくりと一歩ずつ休みなく登って行かれた。やっぱり、カメさんは早いのだ。
「山ガール」ブームのおかげか、出会う人のウェアが色とりどりできれい。
紙袋だけを持ったおじさんは「町内会の打ち合わせを今、山頂の神社でしてきました」と行った感じで降りてくる。汗もかいてない。タオルも持っていない。タフな人だ。

道の途中で、煙草の吸い殻を拾って掃除しているおじさんに出会った。話を聞くと、昔は多くの宿坊や茶屋がこの参道に沿ってずいぶんと建っていたらしい。全国から愛宕神社にお詣りに来る人のための施設だ。山頂には白雲寺というお寺もあり、家康などの信仰も篤かったという。

やっと着いた。まず、山頂の愛宕神社にお詣り。この最後の立派な石の階段が、またきついのよ。百段くらいあるのかな。お詣りの後は、境内でお弁当。肌寒く、桜もまだ堅いつぼみで、花咲くのはこれからだ。
帰りは、山つつじがきれいな山道を水尾の里方面に降りた。ゆずの里も、このシーズンは閑か。桃の花と、垂れ桜を楽しみながら、早春らしいせせらぎ沿いの旧道を保津峡まで歩く。
清滝から約3万歩のハイキング。登り下りの3万歩はきつく、風呂上がりのサロンパスがあ~じんわり効いてくる。



それぞれの あたご道空へ 山つつじ


2014年4月6日日曜日

「白川疏水通り」を歩く 


今年の春は、ダッシュでやって来た。桜も三分咲きとかはなく、咲き始めたと思ったらいきなり五分咲き、満開。ちょっと前まで、雪が降っていたのに。もう葉桜だ。
そんな訳で、ちょっと焦ってお散歩へ。今年は「白川疏水通り」を辿って歩こうと思っていた。祇園白川の小川に沿った石畳の道も、銀閣寺の哲学の道も、みんな「白川疏水通り」の一部なのだ。

歩き始めは、北大路の植物園横の鴨川を少し下がったところ。ここがこの疏水の一方の出口。ここから辿って、北へ進む。北大路を超え、北山「妙法」の方向へ。高野川の下をくぐり、叡電の「茶山」方面へ。このあたりから南の方向へカーブし、京大農学部の裏から、銀閣寺、哲学の道へと続く。
今日はここ、若王子まで。それでも10kmほど歩いた。すごいのは、ほとんどが桜並木の小道が続いていること。ユキヤナギもきれいだ。

京都の町は北が高く、ゆるやかに南方面へ坂になっているのだが、この「白川疏水」は哲学の道もその先も、北山方面へと南から北へ逆行して流れている。どうなってるの?パワースポットみたいだ。

今日の終点、若王子には疏水事務局が有り、疎水はそこから流れてくる。
そして不思議なのは、この疏水事務局を起点に今度は流れは南に変わる。南禅寺の水楼閣から蹴上げの発電所方面へと流れていくのだ。その流れが、岡崎から東大路の方へ流れ、祇園白川の石畳へとつづく。
怪しいのは若王子の疏水事務局だが、ここには入れない。





      春一気 練習不足の 花見鳥



2014年3月16日日曜日

●●● 嵯峨野の裏道 #13 大沢の池の小径 ●●

この小径は、日本最古の庭池といわれる、大覚寺の大沢の池をぐるっと回る、池の小径。お堂のあるあたりは鬼平など時代劇の撮影でもおなじみ。和歌に詠まれた「名古曽の滝」跡は、この写真の奥の方に。これで滝ってゆうの?というくらいの小さな石組み、もう水も流れていません。この辺りの芝生ゾーンでは、野生の猫たちがわがもの顔でのし歩いています。
池にはぐるっと桜の木が植えられていて、それは美しいのですが、その時期だけは300円か500円の有料となります。桜の堅いつぼみも、やや大きくふくらんできたでしょうか。ぶらぶらと池の周りを歩く、という観光客は少なく、もっぱら近所の人のお散歩コース。私の家からも往復1時間半くらいのちょうどいいコースです。嵯峨野は広く、大覚寺まで来る人はリピーターの観光客なんでしょう。ちょっと前までは、ここまで走って帰って30分というコースでした。最近は走る気力もありません。
この池から流れる水が、有栖川となり、鹿王院や車折神社のあたりを流れ、桂川の方へ合流していきます。


重なりし 池めぐる影 猫の恋


2014年3月3日月曜日

鮒鮨のこと

歳をとれば、嫌いなものも食べられるようになる。そんな食べ物の一つが、この「鮒鮨」です。食べられるようになったのはほんの8年ほど前。食べられるようになるきっかけなんて、他愛もないもので、出張帰りに立ち寄った長浜のそば屋さんで、同行した人のをつまんだところ食べられるようになったのでした。

・その理由(1)  そば屋さんの酒の肴の「鮒鮨」は、初めてのお客さんにもすすめられる、初心者向けのクセの弱いものであった。(初心者向けがあるなんて知りませんでした)
・その理由(2)  一緒に呑んだ地酒が良かったらしい。「琵琶湖の「鮒鮨」を食べるときは、琵琶湖の地酒を一緒に飲むと不思議に口の中がすっきりするンですよ」とそば屋さんのおばちゃんの言う通りでした。

で、初心者向けの「鮒鮨」で、そのうまみを知ってしまうと、あとはもう中級者向けも上級者向けもOK! OK! 高島あたりのお酒と老舗の「鮒鮨」を味わったりしていました。しかし「鮒鮨」っていろんな価格のものがあるんですね。調子になって食べ過ぎるとまた嫌いになると困るので、これからもゆっくりつきあっていきたいと思っています。ただ「鮒鮨」のお茶漬けは、ちょっとその濃厚な味のひろがりにびびってしまい、まだ手が出せません。

先日、彦根に居る大学時代の後輩から手づくりの「鮒鮨」をもらいました。なかなかクセのあるお土産。ゆっくりと、ありがたくいただいております。



(うみ)の雪 積もりしごとし 鮒の鮨


2014年2月23日日曜日

鳥羽街道名物「おせきもち」

「おせきもち」というのを食べた。やわらかな白いお餅、または、よもぎ餅の上にきめの細かい粒あんがのっている。ただ、それだけ。伊勢の名物「赤福」のようなお餅。丹波大納言のあんは、さっぱりと甘すぎず、上品な味。

お店は名神南インターの南側、1号線の城南宮の向かいにある。鳥羽街道名物として、その創業は450年前にさかのぼるという。1564年頃といえば川中島の戦いのあたり。江戸時代の東海道の旅行ブームになるよりずっと以前からこの茶屋はあったことになる。

そもそも城南宮をはじめこのあたりは貴族たちの別荘地として名高い地。平安京が造られた頃から都の羅生門まで、大きな道がつながっていたらしい。都への人や物資が往来する交通の要衝の地だったのだ。最近では、幕末、鳥羽伏見の戦場として知られている。
そうした鳥羽街道の茶屋で、この「おせきもち」は提供されてきた。東海道が大阪まで伸び、鳥羽宿でもあれば、安藤広重はこの茶屋の風景を描いていたかもしれない。

もうひとつの「売り」であるらしい、おはぎも食べたが、こちらはこしあんで餅米もきめ細かく、やさしい味だった。支店はなく、百貨店などにも店を出していないという。しかも月・火曜日はお休み。なんとも商売っ気のないマイペースなお店なのもいい。


冬を脱ぎ 歩きだす道 おせきもち

2014年2月10日月曜日

お楽しみは「気狂いピエロの決闘」


暴力的な感覚が美しい映画を、久しぶりに見た。ペキンパーのような、香港映画のような、独特な雰囲気をもっている
「気狂いピエロの決闘」という、スペインとフランスの合作。
物語は、スペイン内戦にはじまり、40年50年60年70年代を疾走していく。 オーソドックスに始まるタイトルバックから、これでもかというパワーを感じる。

「泣きのピエロ」と「怒りのピエロ」の血みどろの三角関係。フランコ将軍への復讐劇。
反権力映画、いやいやロマンス映画?どちらにしても本家「気狂いピエロ」より、狂気に満ちた世界。監督は、アレックス・デ・ラ・イグレシア。カルト的人気を誇る監督らしい。

映画紹介には、バイオレンス・ホラーと書いてあったが、そんな枠にはおさまらない。何しろゴヤ賞をはじめ世界各国の映画祭で話題になった実力がある。



男と男のぶつかり合いからしか生まれない、乾いた狂気。健さん唐獅子牡丹のドグラ・マグラ。やりすぎた仁義なき戦い。血と毒が多すぎて、バイオレンスが苦手な人には、まったくお薦めできないが、ただのバイオレンス映画ではないよ。タランティーノは、きっとこんな映画を撮りたいのだろうなと思わせる。エンドロールまで、ハイテンション。濃い時間ぎっしりの一本だ。


血が匂う シネマの狂気 冴ゆる闇


2014年1月26日日曜日

送電塔は美しい


ハイキングに行くと、大きな送電塔によく出くわす。街から山にお出かけする人間と、山奥のダムから街へと送られてくる電気の通り道がクロスするのは当然のことだけど。ハイキング道の近くに多いようだ。昔からの歩きやすい道の近くに建てられてきたのだろうか。
この送電塔を真下から見上げると、とても美しい。構造物としての美しさと、電気を通されたサイボーグのような、どこか生き物をみているような美しさを感じる。
静かな鉄の塔ではなく、今にも動き出しそうな迫力がある。





たとえば夜などは、バチバチとショートした火花が見えるのかもしれない。蛍光灯を持って行けば、薄青く発光するのかもしれない。昔テレビで、送電塔の近くに住むと電磁波が体に悪いと、蛍光灯を持って実験しているのを見たことがある。

箕面の山々でも、洛西の山々でも、比良の山々でも、背骨に針を打つように送電塔がつながっている。何十万ボルトの電流が流れているんだろう。古都の電柱電線と同じで、景観はよくないが、送電塔ばかりは地中に埋めるわけにも行かない。

やがて宇宙から無線で電気が送られてくる時代も来るそうだが、そうなると、送電塔もなくなってしまうのだろうか。



山起こす 鉄塔怪獣 あらわれり



2014年1月18日土曜日

電車がストの日は線路で遊んだ

小学校の時から、嵐電に乗って通学していた。歩けば、片道30分くらい。近所では、電車で通学する子が多かった。
昔は電車がストで運行しない日がよくあった。長いときは3日もストだった。電車の線路が通学路になり、遊び場になった。いつもと違う友だちと、遊びながら帰ったりした。ずっとずっと先の駅まで線路を歩けるのは、ストの日くらいだった。どこまでもレールの上を歩いていく。線路の上の空も広がっていく。映画「スタンバイミー」のあの気分だ。
あの頃、スト告知のポスターはちょっとうれしかった。最近は労使関係の話し合いがスムーズなためか、ストという強硬手段はなくなってきたが。


まぁ、あの頃はストの日でなくても、線路でよく遊んでいた。五寸釘をレールに置いて電車に踏みつぶしてもらったら手裏剣ができた。ダーツのような遊びをしていたのだ。
電車が通る時間は10分おき。次の駅まで、線路を走って行ったりしていた。町内の路地のような道も線路を横切っていた。踏切のない小道がいっぱいあって、大人たちも裏庭のように線路を横断していた。

最近はさすがに柵ができ、線路に入れないようになってきた。まして、線路に入る子供たちの姿などは見かけなくなった。絶対にダメと学校で注意されているのだろう。油がしみ込んだ木の枕木も、コンクリートのものに変わってしまった。


北へ2機 初空裂きし ジェット雲  

2014年1月10日金曜日

あけまして、おめでとうございます

 今年はお正月休みも長く、とても穏やかで、気温も比較的あたたかく、のんびりできました。家の前の大きな通りもクルマの量が少なく、救急サイレンも少なかったように感じます。穏やかで、なにより。
ちょっとコレは?と思ったのはテレビ番組。お正月定番のもう何回も見た番組ばかり。スペシャル感がありません。テレビ局は猛省をお願いします。
何歳になってもテレビっ子なもんで、困るのあるョ。

いつもと違ったのは、松尾大社に初詣に行ったことくらいでしょうか。年末、神棚を掃除していたら、古い神札が入っていたので、お詣りに行ってお返しし、新しいのをもらってきました。家を建てたとき地鎮祭でお願いしたのが松尾さんだったので、家の神棚には松尾さんの神札を入れています。
松尾さんはお酒の神様でもあるので、酒造メーカーの人がお正月もらいに来るという亀井の水もいただきました。

ついでに、近くのとても古い「月読神社」にもお詣りを。NHK新・風土記の「月」のテーマの時に出てきた神社です。

定年後3年目へ。いつまでもだらだらと社会人の時のリズムで暮らすのはマズイな、と思ったりもします。なにか精神的なビッグイベントが必要な2014年かもしれません。
相変わりませず、つたないブログではありますが、今年もヨロシクお願いいたします。


巳嗤う コピーしたよな 馬正月