街を歩こう。山を歩こう。嵯峨野を歩こう。旅を歩こう。維新を歩こう。映画を歩こう。

月に一・二度はフェアウェイも歩こう。お気楽な日々を、お気楽に記録していこう。

お気楽さんぽ

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2014年1月26日日曜日

送電塔は美しい


ハイキングに行くと、大きな送電塔によく出くわす。街から山にお出かけする人間と、山奥のダムから街へと送られてくる電気の通り道がクロスするのは当然のことだけど。ハイキング道の近くに多いようだ。昔からの歩きやすい道の近くに建てられてきたのだろうか。
この送電塔を真下から見上げると、とても美しい。構造物としての美しさと、電気を通されたサイボーグのような、どこか生き物をみているような美しさを感じる。
静かな鉄の塔ではなく、今にも動き出しそうな迫力がある。





たとえば夜などは、バチバチとショートした火花が見えるのかもしれない。蛍光灯を持って行けば、薄青く発光するのかもしれない。昔テレビで、送電塔の近くに住むと電磁波が体に悪いと、蛍光灯を持って実験しているのを見たことがある。

箕面の山々でも、洛西の山々でも、比良の山々でも、背骨に針を打つように送電塔がつながっている。何十万ボルトの電流が流れているんだろう。古都の電柱電線と同じで、景観はよくないが、送電塔ばかりは地中に埋めるわけにも行かない。

やがて宇宙から無線で電気が送られてくる時代も来るそうだが、そうなると、送電塔もなくなってしまうのだろうか。



山起こす 鉄塔怪獣 あらわれり



2014年1月18日土曜日

電車がストの日は線路で遊んだ

小学校の時から、嵐電に乗って通学していた。歩けば、片道30分くらい。近所では、電車で通学する子が多かった。
昔は電車がストで運行しない日がよくあった。長いときは3日もストだった。電車の線路が通学路になり、遊び場になった。いつもと違う友だちと、遊びながら帰ったりした。ずっとずっと先の駅まで線路を歩けるのは、ストの日くらいだった。どこまでもレールの上を歩いていく。線路の上の空も広がっていく。映画「スタンバイミー」のあの気分だ。
あの頃、スト告知のポスターはちょっとうれしかった。最近は労使関係の話し合いがスムーズなためか、ストという強硬手段はなくなってきたが。


まぁ、あの頃はストの日でなくても、線路でよく遊んでいた。五寸釘をレールに置いて電車に踏みつぶしてもらったら手裏剣ができた。ダーツのような遊びをしていたのだ。
電車が通る時間は10分おき。次の駅まで、線路を走って行ったりしていた。町内の路地のような道も線路を横切っていた。踏切のない小道がいっぱいあって、大人たちも裏庭のように線路を横断していた。

最近はさすがに柵ができ、線路に入れないようになってきた。まして、線路に入る子供たちの姿などは見かけなくなった。絶対にダメと学校で注意されているのだろう。油がしみ込んだ木の枕木も、コンクリートのものに変わってしまった。


北へ2機 初空裂きし ジェット雲  

2014年1月10日金曜日

あけまして、おめでとうございます

 今年はお正月休みも長く、とても穏やかで、気温も比較的あたたかく、のんびりできました。家の前の大きな通りもクルマの量が少なく、救急サイレンも少なかったように感じます。穏やかで、なにより。
ちょっとコレは?と思ったのはテレビ番組。お正月定番のもう何回も見た番組ばかり。スペシャル感がありません。テレビ局は猛省をお願いします。
何歳になってもテレビっ子なもんで、困るのあるョ。

いつもと違ったのは、松尾大社に初詣に行ったことくらいでしょうか。年末、神棚を掃除していたら、古い神札が入っていたので、お詣りに行ってお返しし、新しいのをもらってきました。家を建てたとき地鎮祭でお願いしたのが松尾さんだったので、家の神棚には松尾さんの神札を入れています。
松尾さんはお酒の神様でもあるので、酒造メーカーの人がお正月もらいに来るという亀井の水もいただきました。

ついでに、近くのとても古い「月読神社」にもお詣りを。NHK新・風土記の「月」のテーマの時に出てきた神社です。

定年後3年目へ。いつまでもだらだらと社会人の時のリズムで暮らすのはマズイな、と思ったりもします。なにか精神的なビッグイベントが必要な2014年かもしれません。
相変わりませず、つたないブログではありますが、今年もヨロシクお願いいたします。


巳嗤う コピーしたよな 馬正月