街を歩こう。山を歩こう。嵯峨野を歩こう。旅を歩こう。維新を歩こう。映画を歩こう。

月に一・二度はフェアウェイも歩こう。お気楽な日々を、お気楽に記録していこう。

お気楽さんぽ

お気楽さんぽ

2016年8月29日月曜日

とがった鉛筆は好きじゃない


芯の先が、少し丸いくらいがいい。細かくいうと丸くなりかけた頃が好き。天の邪鬼なのだ。「鉛筆占い」なるものがあったなら、優柔不断・だらしない・協調性がないなどと言われるのだろう。その通りなのだが。

カリカリと小さな文字を書いていく作業になじめない。ノートの罫線やマス目を無視して、斜めに書いたり、大きく書いたり小さく書いたりしていたい。軟らかい鉛筆で大きな字で、余白もいっぱいに残して書いていく。人は「ミミズがはったような字」という。でもそれで、テストが減点されたことはない。


とがった鉛筆が好きな人はきっと「2H」とか「3H」の硬い鉛筆が好きなのだろう。小っちゃいきれいな字が並んだノートが目に浮かぶ。優等生のイメージ。字がきたないボクは、軟らかい鉛筆で滑らすように書いていく。そもそも小学低学年の文字練習用の、芯の太い「かきかた鉛筆」が好きだった。「B」だったと思う。

高校生の頃は「F」を愛していたが、その後「2B」が好きになった。
「2B」は新聞記者が記事を書く鉛筆と聞いたせいだ。コピーライターも「2B」を使うと聞いたが、まわりのコピーライターはどちらかというと万年筆にこだわってる人が多かった。
コピーライターの文字は独特で、原稿用紙のマス目にきちっとおさまるような丸い文字を書く。字の汚いボクはこの方がありがたかった。が、デザイナーからは汚い文字といわれつづけた。文字が汚くても中身で勝負!これで押し通してきた。

写真のペンシルは「スタッドラー」。芯を削る芯削りが頭に付いている。これでアバウトに削って書いていた。ずいぶん長い間お世話になっていた。この「スタッドラー」はそもそも設計士の人たちが、長く芯を出し神経質に芯を尖らせて図面を描くペンシルだけど、その重さが気に入っていたのだ。ワープロなるものが登場する前の、パソコンなんてまだずっと先の時代の話だけど。



きまぐれに 鉛筆削る 文月の夜


カリカリと 迷い月夜の 削りカス (鯛風)   



2016年8月7日日曜日

露地歩きは好きだけど


あ~、すっかりご無沙汰してしまった。もう夏、真っ盛り。
この3カ月なんやかやと忙しくて、ようやく日々のリズムに戻れそう。

夏のお散歩は朝がいい。水が打ってある石畳などあれば、さらにいい。
鉢の朝顔の花も、濡れている。すでに表通りの日差しは強い。こんな時、露地を抜けて歩けば心も涼しくなる。
こうした露地が京都の町中には多くある。この町の魅力の一つでもあるのだろう。きっと、「京の露地本」というのも出ているに違いない。なにせ最近は若い世代が露地で、お店やカフェや工房を営業するケースも増えてきた。でもボクはこの風潮には断固反対を唱えたい。

使われなくなった「町屋の活性化」も大切かもしれない。そうしないと露地の風景は消えていくのかもしれない。でも露地はお店をするような場所じゃない。先斗町の露地のように、商業の場の露地ならいいけれど。
露地はいわば私道であり、庭である。住人でないものがそこを通る時は、スイマセンお邪魔しますと、ちょっと遠慮して通る場所。誰も彼もが地図片手におしゃべりしながら歩く場所じゃない。おしゃべりしていいのは露地のお地蔵さんを守る住人たちだけだ。しかし世の中は、露地も観光のスポットあつかいで、困ったものである。

昔からある露地のお好み屋さんとかを見つけるとうれしくなるけれど、新しいお店はねぇ、やっぱりダメだ。
というわけで、御所の近くの露地にちょっとおいしそうなお蕎麦屋さんを見つけたのだが、まだ行ってない。お蕎麦もお酒もおいしそうな蕎麦屋なんだけど、なんだかなぁ。
「露地の住人みんながこの露地の活性化を応援しています!ステッカー」でも露地の入り口に貼ってあれば、こんなお店も入りやすいんだけど。



溶け出した アスファルト濡らし 雨走る  


日光写真に焼き付けた 露地の夏  (鯛風)